A2 レイフォード2
噂には聞いていたが、少しばかり軽い性格らしい。大精霊は、さくらはレイにいすに座るように指示を出すと、さくら自身は宙に浮いた。楽なのだろうか。
「この間の続きだけどね」
その言葉に、レイの体が硬くなる。ついにきた、と。二度と会うな、とでも言われるのだろうか。それでもレイは諦めたくはないのだが。
「協力してあげようか?」
障害になるだろう、そう思っていただけに、そう続けられたさくらの言葉にレイは目を丸くした。まじまじとさくらを見つめると、さくらは首傾げて問うてくる。
「なに?」
「いえ……。その、ですね……」
「邪魔されるとでも思った?」
そう言うさくらはいたずらっぽく笑っている。頷いていいものか、と少し悩むが、隠しても意味はないと判断して恐る恐ると頷いた。正直でよろしい、とさくらが笑う。
「別に私は、レイの邪魔をするつもりはないよ。リリアもいずれ誰かと結婚するなら、知っている相手の方がいいだろうし。他国の貴族とは絶対に嫌だと思うから」
それはそうだろう、と思うと同時に、その言葉に少し違和感を覚えた。何か、勘違いしているような。そこまで考えて、もしかしてとレイが言う。
「あの、さくら様。リリアさんが政略結婚とかそういったものをすると思っています?」
「ん? するでしょ? 公爵家の令嬢さまなんだから」
「そうですね。以前まではそうなったでしょうが、今はあり得ませんよ」
「へ? なんで?」
「貴方が側にいますから」
しっかりとさくらを真っ直ぐに見る。それでもさくらは意味が分からないようで、首を傾げていた。レイが続ける。
「リリアさんは確かに公爵家の令嬢ですが、今はむしろ貴方の、大精霊様のお気に入り、との立場の方が大きくなっています。そんなリリアさんに政略結婚なんてさせませんよ。誰も、貴方の逆鱗に進んで触れようとは思いませんから」
「あー……。なるほど。むう、いまいち私の扱いが大きすぎると思うんだけどなあ……」
さくらは首をひねりつつ、その場でくるくると回った。その動きに意味があるのかは分からない。この短い付き合いで察するに、おそらくは意味はないだろう。
レイはさくらの様子を、複雑な心境で見つめていた。
王城に突如として現れた大精霊。しかし大勢の貴族の前に姿を現しながらも、あまり表に出てくることはない。常にリリアにべったりだと聞いている。そしてそれ故に、自分の立場をはっきりと理解しきれていない、とも。もっとも、理解したところでこの大精霊は行動を変えるとも思えないが。
それを裏付けるかのように、今も、まあいいかどうでも、と先ほどの一連の流れを流してしまった。これには苦笑するしかない。
「レイが本当にリリアのことを好きなら、私は少しだけなら協力してあげるよ。ただし、リリアがレイを選ぶことはないってことになったら、すぐに手を引くけど。どうする?」
レイはすぐに、お願いしますと頭を下げた。考えるまでもないことだ。学年が違うレイでは、この先リリアと会う機会は限られてしまう。夜会などなら会うこともできるかもしれないが、それでは周囲の目がある状況となる。関係の進展など難しいことだろう。
レイの返事を聞いたさくらは、嬉しそうに破顔した。
さくらが立ち去った後、レイはベッドに横になってこれからのことを考えていた。
さくらの協力が得られるといっても、それは限られた範囲だ。一先ずさくらが確約したことは、放課後の図書室に行くように言ってもらうこと。そして、南側に行く日時。前者はともかく、後者は大きい。レイには知る術のなかったことだ。
そして、もう一つ。今すぐは難しいが、間に立って約束を取り付けること。つまりは三階に行けなくとも、さくらを通して遊びに誘うことができる。これは今までにない大きな変化だ。ただ、急いで外で会う必要はない。まずは図書室でもう少し親しくなることから始めよう。
――少しずつ距離を縮めて、外でも会うようになって、近いうちに、そう、夕日の中二人きりで告白とか……!
そこまで考えて、レイは恥ずかしくなって身もだえした。そして同時に、ふと思う。
もしかして、さくら様も一緒にいるのだろうか、と。
考えると落ち着かなくなるので、すぐに思考を放棄した。
・・・・・
リリアは難しい表情をしつつ、テーブルの上を睨み付けていた。そこには、先ほど届けられた絵画が一枚。凜々しい顔つきをした男の絵だ。アリサもどこか困惑しているように同じ物を見ていた。
「ただいまー。ん? なにそれ?」
ふわりと隣に現れたさくらを一瞥して、リリアはため息と共に答えた。
「縁談」
「はい?」
「結婚してほしい、という打診ね」
さくらが驚きに目を丸くする。しかしすぐにその表情は消え、好奇心に瞳を輝かせた。
「へえ。かっこいい人だね。どんな人?」
「お隣の国の公爵家、らしいわね。民からも慕われていて、常に下々の人に気を遣う素晴らしい好青年、だそうよ」
へえ、とさくらの目が細められる。少しだけ、不機嫌になったのが分かる。
「さくらなら実際はどうなのか、分かるわよね?」
リリアがさくらを見て言うと、ちょっと待ってね、と辺りを見回す。
「ちょいちょい。きてきて」
さくらが手招きすると、部屋の隅にいた精霊たちが寄ってきた。小人と、子犬の姿をした二人だ。子犬の方はふさふさの毛皮を持っている。触ると気持ちがよさそうだ。
その考えを察したのか、子犬の姿をした精霊がリリアの側まで寄ってくる。頭を出してきたので、そっと撫でてみる。ふわふわで、ふさふさで、気持ちがいい。
「いいわね、これ……」
子犬の精霊を抱きしめて撫で回す。精霊は嫌がる素振りを見せず、むしろ気持ちよさそうにしていた。そんなリリアを微笑ましそうに見つめながら、さくらが小人の精霊の方に言った。
「ちょっとこの人の評判、噂かな? 知りたいんだけど」
小人の精霊は絵を見ると、すぐに頷いて目を閉じた。そして、
「傲岸不遜、自分勝手、我が儘やりたい放題。いろんな女の人を連れ込んでは泣かせてるみたいだね」
予想通りの答えに、リリアはため息をついた。さくらは表情を消して不機嫌を露わにする。へえ、と口角を吊り上げた。




