A1 顔合わせ6
花壇の前でティナとテオの二人と別れ、リリアの部屋に戻る。いすに座ると、アリサがすぐに紅茶を用意する。手際よく準備をして、リリアとさくらの前に差し出した。
「リリア様。奥様よりクッキーを頂いておりますが、お出しなさいますか?」
わざわざアリサがそう言うということは、さくらへの贈り物と考えた方がいいだろう。それなら決めるのはさくらなのでさくらに視線をやる。アリサも同じようにさくらを見て、二人からの視線を受けたさくらは可愛らしく小首を傾げた。
「なに?」
「さくら。クッキーは食べる? もうすぐ昼食だけれど」
「ん……。カレーライスを美味しく食べたいので遠慮します」
さくらがそう言うと、アリサは苦笑を漏らして畏まりましたと頭を下げた。そのまま一歩下がる。
「さて。もう少しだけ待ちなさい」
リリアが言うと、さくらは笑いながら頷いた。
しばらくして、シンシアから準備が終わったとの報告が入った。それをリリアと共に聞いたさくらが目を輝かせ、すぐに行こうとリリアへと言ってくる。リリアは苦笑しつつも、頷いて部屋を出た。
馬車に乗っている間は設定の再確認だ。基本的には他国の貴族の令嬢ということにする。貴族の令嬢として見ると礼儀作法など至らない点も散見されるが、その点は例えリリアがいなくとも事情を知る貴族が助けに入るだろう。
「リリアが引き籠もっていた時にアルディス家を訪ねて、勉強とか教えた、とかは?」
「いいわね。そうしましょうか」
一年前からリリアが行動を改めたきっかけもさくらということにする。これは事実なので特に問題もないだろう。他に必要なこともあるが、それは後々にまた考えればいい。あまり面倒な話ばかりすると、さくらが拗ねてしまうかもしれない。
上機嫌に鼻歌を歌うさくらを横目で見ながら、決めるべきものを頭の中で整理していった。
昼時だからか、混雑しつつある食堂をリリアたちは進む。部屋の隅には一つだけ空いているテーブルがあり、リリアたち四人はそのテーブルについた。いつものようにカレーライスを注文する。注文を取りに来た女は笑顔で去って行った。
「賑やかだね」
さくらが呟き、リリアが頷く。ここも含めて、平民が利用する食堂は賑やかな場所ばかりだ。もう少し静かにできないものか、とも思うが、周囲の誰もが笑顔で食事をしているのを見るとこれもいいだろうと思える。仏頂面で静かに食べるよりもよほどいい。
しばらくして、カレーライスが目の前に並べられた。さくらが目を輝かせ、食い入るようにそれを見ている。ちらちらとリリアへと視線を送ってくるのは、早く食べたいがためだろう。笑いそうになるのを堪えながら祈りをすると、さくらもすぐに手を合わせて、いただきますと小さな声で言った。
スプーンで大きくすくい取り、口の中に入れる。さくらが満面の笑顔になり、そのまま何も言わずにかなりの勢いで食べ始めた。リリアたちが目を丸くしている前で、さくらはあっという間に完食して、そして、
「お代わり!」
当然のように追加の注文をした。
「さくら。太るわよ」
呆れたようにリリアが言う。運ばれてきたカレーライスを口に入れて、さくらは言った。
「太らないよ」
リリアが眉をひそめ、すぐにさくらの言いたいことを理解した。さくらは生身というわけではない。忘れそうになるが、今のさくらは精霊だ。食べ物を食べ過ぎたからといって太るわけではないのだろう。正直、少し羨ましい。
嫌みの一つでも言おうかと思ったが、さくらの表情を見て苦笑するだけに留めておいた。
「美味しそうに食べますね……」
「というより、幸せそう?」
アリサとシンシアの言葉にリリアは同意を示して頷く。二杯目はゆっくりと味わって食べており、だらしなく相好を崩していた。
「私たちも頂きましょう。冷めてしまうわ」
「あ、そうですね」
アリサとシンシアが慌ててスプーンを手に取る。リリアも頷くと、食べ始めた。
目的のものを食べ終えて、四人は買い食いをしながら馬車へと戻る。もっとも、食べているのはさくらばかりだ。美味しそうだと思ったものは全て食べている。少し気になり食べたものがどうなっているのか聞いてみると、
「なんだっけ……。エネルギーに分解されて? 余剰分は世界に還元されて? こう、ふわっとした感じ」
全くもって意味が分からない。ただの興味本位ではあったが、本当にそれでいいのだろうか。不安に思いつつも、気にしないことにしておいた。
買い食いを終えて、馬車で屋敷に戻る。夜のためにいつもより豪華なドレスを着て、後は自室で待機だ。さくらはドレス姿のリリアを見て、何故か目を輝かせていた。
「いいね、そういうの。リリアが貴族に見える!」
「それはどういう意味かしらね?」
さくらの頭をわしづかみにして力を込める。いたい、とさくらは慌ててリリアから逃げた。
「さっきまでの服と違って貴族らしいって意味だよ!」
あからさまに距離を取って言う言葉ではないだろう。リリアは苦笑しつつも、そういうことにしておいてあげるわ、と肩をすくめた。
その後はリリアの部屋で、アリサの紅茶を飲みながらのんびりと待つ。さくらもアリサの紅茶は気に入ったようで、何度もお代わりを頼んでいた。アリサはいつも通りの表情だが、どこか誇らしげにも見えた。
日が傾き始めた頃、扉がノックされた。アリサがすぐに扉の方へと向かい、少しだけ開けて二言三言会話をする。リリアたちの方へと戻ってきて、言った。
「お時間だそうです」
「そう。では行きましょうか」
リリアが立ち上がり、さくらへと言う。さくらも頷いて立ち上がり、
「あいあいさー。お邪魔しまーす」
リリアの中へと入ってしまった。
――ちょっと。さくら。
――頃合い見て出るよ。
どこか真剣味を帯びた声に、リリアは首を傾げながらも頷いた。ふざけた様子ではないので、何か考えでもあるのかもしれない。そう判断して、リリアはアリサへと言った。
「行きましょうか」
お城へごー、です。
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ではでは。




