20
食堂は寮の一階に二部屋ある。一部屋はとても広い造りになっており、寮に住まうほとんどの生徒が利用する。もう一部屋は先の部屋よりも一回り小さいが、ここを使うのは上級貴族だけだ。学校の規則として、敷地内では生徒の身分は考慮されないことになっているが、生徒の部屋といい食堂といい、やはり上級貴族は扱いが変わっている。
リリアが広い食堂に入るのは、これが初めてのことだ。普段はもう一方を使うため、こちらに入ることはまずあり得ない。そんなリリアが食堂に入ると、部屋が静まりかえるのは当然のことだろう。
静かになった食堂を、リリアはゆっくりと睥睨する。リリアと目が合った誰もが、慌ててすぐに目を逸らしていた。わずかに不快感を覚え、やはりやめておくべきかときびすを返そうとしたところで、
「リリア、どうしたの? 行こうよ」
ティナの声。振り返ると、笑顔でこちらを見つめてくるティナと目が合う。一切目を逸らさず、楽しげな笑顔だ。
「ええ、そうね。行きましょう」
思わずリリアも口角を上げてしまう。先ほどの不快感など綺麗さっぱり忘れてしまった。
食堂には長テーブルがいくつも並んでいる。ティナは静かになった食堂を、何も気にすることなく中へと入っていく。二つ並んでいる席を見つけると、リリアを手招きして呼んでくれた。
この静寂を気にしないのは、むしろリリアに気を遣っているのだろう。少しだけありがたく思っていると、
「リリアはここに座っていてね。注文してくるから。それにしても、今日はどうしてこんなに静かなんだろう?」
違った。何も気にしていないだけだった。
――もしかしてこの子、ちょっと天然?
――どうかしらね。
「リリア、代わりに注文に行くけど、何食べる?」
「貴方に任せるわ。同じものでいいから」
「分かった。ちょっと待っててね!」
ティナはそう言うと、奥の方、カウンターになっている場所へと向かう。カウンターの奥には大勢の料理人がいて、そこで注文して料理を受け取り、席につくという流れになっている。食堂の料理は全て無料でお代わりも自由だ。
リリアはいすに深く腰掛けると、ゆっくりと息を吐き出した。周囲の生徒はようやく会話を再開し始めた。注目が少なくなり、ようやく落ち着くことができた。
ちなみにアリサは同行していない。邪魔しては悪いからと、学園の外の食堂へと向かったようだ。
ふと周囲を見る。いつの間にか向かい側と両隣の席がいくつか空いていた。軽く周囲を見ると、食事の載った盆を持ってそそくさと移動している一団がある。リリアを怖れて逃げ出したのだろう。少しだけ寂しさを覚えてしまう。
――やっぱりティナは良い子だね。
――そう、ね……。私はああはなれないわよ。
――さすがに求めてないよ。あんなリリアは気持ち悪いよ。
――いい加減怒るわよ?
――あはは。
心の中でさくらと雑談をしていると、ティナが盆を二つ持って戻ってきた。一つをリリアの目の前に置き、ティナはリリアの隣に座る。ティナが持ってきた盆の上には、湯気の立つ暖かそうな白いご飯に肉入りの野菜炒めの二品。それのみだ。
――どう考えても冷遇されすぎじゃないかな!
――部屋の違いだけだと思っていたわ……。こちら側はこんな夕食なのね。
夕食を持って来てもらうまで気にもしていなかった。少し離れた席に座る生徒の夕食を見る。リリアのものと大差ないものだった。
「どうしたの? リリア」
ティナに問われ、リリアは慌てて首を振った。笑顔を貼り付け、何でも無いと言う。
ティナと共に祈りを済ませ、そしてリリアは動きを止めた。どうやって食べればいいのか分からない。いやそもそも、ナイフとフォークはどこにいった。なんだこの、二つの棒きれは。
「あ、もしかしてリリア、お箸って使ったことない?」
「ああ……。これがそうなの。ないわね」
「そっか……。別のものを頼めばよかったかな。どうしよう……」
「ティナ。ちょっと使ってみせて。見て覚えるわ」
「え……」
ティナが一瞬呆けたような顔をするが、すぐに気を取り直して分かったと頷いた。リリアの目の前で、丁寧にお箸というものを持つ。見たこともない持ち方で、ティナが指を動かすとお箸も動き、実際に野菜炒めの野菜を持ってみてくれる。
なるほど、とリリアは頷きながら、ティナの真似をする。初めてのためかなかなか難しいが、何度か動かすとすぐにコツを覚えた。ティナと同じように、野菜炒めの野菜を取って口に入れる。
「うん。悪くないわね」
リリアが満足そうに頷く隣では、ティナが今度こそ呆けていた。
「どうしたの?」
「あ、えっと……。リリアって、要領がいいというか……。わたしはお箸をちゃんと使えるようになるのにすごく時間がかかったのに……」
「へえ……。これがねえ……」
お箸を動かしながら、リリアは興味なさげに呟いた。そしてすぐに食事に戻る。
――なんというか、リリアって才能の塊というか……。すごいよね。記憶力がいいのかな。
――あら、褒めても何も出ないわよ。
――性格すごく悪いけど。
――…………。
付け加えられた嫌みにリリアはわずかに頬を引きつらせた。周囲の視線があることを思い出し、すぐに表情を隠す。笑顔で無理矢理覆い尽くす。
「どうかな、リリア。こっちのご飯は」
「そうね……。いかにも庶民のご飯だけど、悪くないわね」
適当な野菜と肉を炒めただけでこれほど美味しくなるとは思わなかった。食べ慣れていないこともあるだろうが、新鮮に感じるそれはとても美味しく思える。また機会があれば来てもいいかもしれない、と思いながら野菜を口に運び、
――みぎゃあああ!
「わあああ!」
さくらの悲鳴にリリアまで驚いて大声を上げてしまった。ティナが動きを止めて目を点にしてリリアを見つめ、周囲もどうしたのかとリリアの表情を窺っている。リリアは我に返ると、周囲に視線を走らせると、
「何でもないわよ、おほほほ」
自分でもわざとらしいと思うが、今はそれどころではない。リリアはさくらを呼ぶ。
あの設定を作った時から、ずっとこのシーンが書きたいと思っていました。
……区切っちゃいましたけども。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




