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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
番外編(S)・後日談(A)

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S1 雪だるま

少し時間を戻して、ある冬の日の一幕です。

 ある冬の日。起床したリリアは窓の外を見て、寒いわけだ、と納得した。

 窓から見える景色は銀世界に変わっていた。広い庭にも雪が積もっている。だが昨日のうちに雪雲は去ったらしく、太陽の光が降り注いでいた。


 ――雪だ!


 さくらの嬉しそうな声が頭に響く。リリアは苦笑すると、小さく頷いた。


 ――雪ね。どうしたの?

 ――うん。雪だるま作ろうよ。雪だるま。

 ――ゆきだるま?


 聞いたことのない言葉にリリアが繰り返すと、さくらが驚いたように息を呑んだようだった。これも通じないのか、と小さな呟きが聞こえ、すぐに気を取り直したように明るい声で言う。


 ――簡単に言うと雪で作った人形、になるのかな? ねえ、作ろうよ。

 ――それは必要なことなの?


 雪がつく名称ということは、やはり雪で作るものなのだろう。それはつまり、この寒い中外に出て、あの冷たい雪を触らなければならないということだ。はっきり言ってしまえば避けたいが、今後に必要ならそうも言っていられないだろう。だがさくらの声は予想とは違うものだった。


 ――いや、別に。


 まさかの否定だ。そんな意味のないことに誘わないでほしい。リリアはやれやれと首を振った。


 ――面倒だから却下よ。

 ――むう……。じゃあ、いい……。


 気落ちしたよなさくらの声に、リリアは眉根を寄せた。それほどまでに作りたいものなのか。もしかすると、さくらにとっては何かしら意味のあることなのかもしれない。仕方がない、とリリアは小さくため息をつくと、アリサを呼んで外出の準備を頼んだ。


 ――リリア?

 ――少しだけなら付き合ってあげるわ。


 呆けているかのようにさくらが黙り込んだ。さくらの返事を待たずに、戻ってきたアリサと準備を始める。外出、としか言わなかったためか、お忍び用の衣服だ。寒くないように重ね着をして、ようやく準備を終えたところで、


 ――リリア。ありがとう。


 さくらの声が届いた。リリアは、別にいいわよと薄く笑みを浮かべた。




 さくらの指示の元、リリアは一先ず屋敷の外に出た。敷地内でできるとのことなので、馬車の手配はしていない。リリアと同じように重ね着をしたアリサを連れて、雪の独特な感触を楽しみながら庭を歩く。


 ――ここでいいかな。


 さくらの声に足を止める。周囲を見回してみるが、花壇以外は特に何もない。


「あの、リリア様。何をするのですか?」


 アリサの問いに、リリアは振り向いて答えた。


「雪だるまを作るわ」

「え……。ええ!? リリア様がですか!?」


 どうやらアリサは雪だるまというものを知っているらしい。それにしても、アリサがここまで驚くとは思わなかった。怪訝そうに眉をひそめながら、リリアが言う。


「そのつもりなのだけど……。ただ、詳しいことが分からないのよ。教えてもらえる?」

「え? あ、はい。畏まりました」


 アリサが不思議そうに首を傾げた。知らないのに何故作ろうとしているのか、とでも思っているのだろう。それはリリアも知りたい。アリサは気を取り直すと、説明を始めた。




 ――私は……何をやっているの……?

 ――あ、あはは……。


 リリアは現在、自分の腰ほどまでに大きくなった雪玉を転がしている。自分の手で、服が汚れても止めてはいない。ただ、時折自分が何をやっているのか分からなくなる。

 自分は何だったか。どこかの令嬢だった気がする。そう、少なくともこのようなことをする家ではなかったはずだ。誰かに指示を出して、それを監視する、そちらの方がどちらかと言えば正しい気もする。


 アリサから雪だるまの詳細を聞いた時、リリアは愕然としてしまった。アリサが驚くのも無理はなかったと思う。確かにリリアがやるようなことではない。説明を終えたアリサは、見たいのなら自分が作ると言っていたが、何故かリリアはそれを断り、自分で作り始めてしまっていた。

 庭の隅に雪玉を運び終えた時には、雪玉はさらに一回り大きくなっていた。少しだけ達成感を覚え、口角を持ち上げる。


 ――楽しい?

 ――…………。


 否定できずに、リリアは押し黙った。楽しいと答えるのは負けた気がする。何にと問われると答えられないが、とにかく負けた気になる。


「お待たせ致しました」


 アリサもリリアの元に戻ってきた。アリサの側には、リリアのものより一回り小さな雪玉がある。アリサの側にはシンシアもいて、こちらは木の枝をいくつか持っていた。


「シンシア。そっち持って」

「うん」


 アリサがシンシアに指示を出して、小さい方の雪玉を共に持ち上げる。見た目よりも重たいのだろう、少しだけふらふらとしており、危なっかしい。だがリリアが手伝うようなことはしない。足手まといになる自信がある。

 小さい雪玉が大きい雪玉の上に載せられた。アリサとシンシアが、木の枝を折ったり刺したりと、雪玉を飾っていく。気が付けば、可愛らしい目と口、手がある雪だるまになっていた。


「これが雪だるまなのね?」

「はい。いかがでしょう?」


 アリサとシンシアがどこか不安そうにしつつもリリアへと問うてくる。リリアは雪だるまをじっくりと眺め、薄く微笑み頷いた。


「まあ、悪くはないわね」


 それを聞いた二人が、安堵の吐息をついた。


「暖かくなったら溶けるのよね?」

「はい。そうなりますね」

「そう。見られるのは今だけなのね」


 学園が始まるまで一ヶ月弱。せっかく作ったのに見られる時間はそう長くないようだ。そう考えると、少しだけ寂しく感じてしまう。


 ――リリア。もっと作ろうよ。


 自分でもよく分からない感傷に浸っていると、さくらの言葉が聞こえた。リリアが首を傾げ、さくらが続ける。


 ――一人じゃ寂しいよ。お友達、欲しくない?


 たかが雪だるまに何を言っているのか。内心で少しだけ呆れながらも、これぐらいならいいだろうとリリアは頷いた。


「アリサ。シンシア。もう少し、作ってもいいかしら」

「え? あ、はい。畏まりました」


 まさかまだ作ると言うとは思わなかったのだろう、二人は目を丸くしつつも頷いた。




 しばらくして。屋敷の側に三体の雪だるまが完成した。最初に作ったものが一番大きく、その隣には一回り小さいものが並ぶ。さらにその隣は、かなり小さな雪だるまで、掌に載せることができる大きさのものだ。リリアが一人で作ろうとした結果、この大きさになった。


「もう少し大きく作れば良かったわね……」


 小さな雪だるまを見ながらリリアが言うと、アリサが笑いながら首を振った。


「とても可愛らしいと思います」

「私もそう思います。かわいいです」

 ――うんうん。私はちっちゃいこれが一番好きだよ。


 シンシアとさくらの続いての言葉に、リリアはそう、とぶっきらぼうに答えた。ただしその口元は嬉しそうに持ち上がっている。それを見られないようにそっぽを向くと、屋敷の扉が開いたのが見えた。


「リリア。何をしているんだ?」


 父がそう言いながらこちらへと歩いてくる。それに母と兄、テオまで続いてきた。暇なのかと言いたくなるのをぐっと堪え、笑顔で父へと言う。


「いえ、雪だるま、というものを見てみたいと思いまして」

「ふむ……」


 父が雪だるまを見て、自身の顎を撫でる。


「いつの間にこんなものを作っていたんだ? まあ、仕事中でなければ別に構わないが……」


 リリアは言葉の意味が分からずに眉をひそめた。


 ――リリアが作った、とは思ってないんだろうね。まあ普通なら考えられないし。

 ――ああ、なるほど。……待ちなさい。その考えられないことをさせたというの?

 ――あははまさかそんなことあるわけないじゃないですかやだなあもう!


 慌てたようにさくらが一気に言う。リリアは内心で頭を抱えながらも、表情には出さずに笑顔で家族の様子を見守った。経緯はともかく、作ったのはリリアたちだ。どのような感想を抱くのか、少しばかり興味がある。


「なかなかしっかりと、良くできているな」

「そうですね。たまにはこういうものも、悪くはないと思えます」


 父と兄の言葉に少しだけ嬉しくなり、声をかけようとしたところで、


「だがこの小さいものは何なんだ?」


 父の言葉に、凍り付いた。


「他と比べると、ずいぶんと小さいな。見劣りしてしまう」

「情けないですね……。まったく、もっと立派に作ってほしいものです」


 リリアの目が不機嫌そうに細められる。アリサとシンシアが顔を青ざめさせておろおろとしている。その三人を見て、母は誰が作ったのか察したのだろう、我関せずとばかりに踵を返した。


「お母様、僕も作ってみたいです」

「そう? メイドを呼ぶから、一緒に作りなさい」


 二人が去って行き、残されたのは父と兄だ。雪だるまの方を見ているために、リリアたちの表情の変化には気づいていない。


「あ、あの! 旦那様!」


 アリサが叫ぶように言って、父と兄が振り返った。そうしてようやく、リリアの表情が険しくなっていることに気が付いた。先ほどとは雲泥の差とも言える表情の違いに慌てる二人に、リリアが絶対零度の声で言った。


「申し訳ありません、情けない雪だるまで」

「え……?」

「見劣りしてしまいますね。ええ、その通りだと思います。私の人間性が表れているのでしょう」

「ま、まさか……?」


 二人がアリサを見て、アリサは小さくなりながらも頷いた。


「三体とも、私たちが作りました……。その、小さいものは、リリア様がお一人で作ったもので……」


 それを聞いた瞬間、父と兄が一瞬凍り付き、しかしすぐに笑顔で、


「い、いや! 確かに小さいが、これはいいものだ! うん! 素晴らしい! なあ、クロス!」

「ええ、本当に! 小さいながら良くできています! うん! 間違いない!」


 そんな二人を、リリアは『笑顔』で見た。途端に二人が頬を引きつらせる。


「光栄です」


 それだけ言うと、リリアは扉の方へと歩いて行く。アリサとシンシアも、少し悩んだ末にそれに続いた。


「お父様。お兄様」


 屋敷に入る直前、二人へと振り返る。父と兄が顔を輝かせ、


「忘れませんから」


 何を、とは言わない。二人も聞かない。それ以上は何も言わず、リリアは自室へと戻っていった。


   ・・・・・


「あ、はは……! ひひ……!」


 暗い世界。桜の木の下で、さくらは腹を抱えて笑い転げていた。リリアが立ち去った後、ケルビンとクロスが地面に手をつき落ち込んでいたことも知っているが、本人たちの名誉のために黙っている。黙っていてあげるのが優しさだろう。


 ――さくら。うるさいわよ。


 リリアの声。すでに怒りが冷めているのか、もう落ち着いているようだ。さくらは謝りながら、リリアに言った。


「また作ろうね」


 リリアからの返事はない。しばらく待っていると、リリアがため息をついたのが分かった。


 ――次は、文句を言わせないわ。私一人で、大きいものを作ってみせるから。

「え? あ、うん。ほどほどにね?」


 なぜかリリアはやる気に満ちている。さくらは笑いを堪えながら、小さく頷いた。


一緒に雪だるまを作ろうと誘う妹と仕方なくそれに付き合う姉のイメージ。

父と兄はやらかしました。


さて。メリークリスマス! です。

クリスマスなので、冬にちなんだお話を投稿してみました。

少しでもお楽しみいただければ幸いです。


次は年明けに、エピローグの後の後日談を。

もう書き終わっているので、あとは読み直しと予約だけです。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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