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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
番外編(S)・後日談(A)

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204/259

アナザーエンド

壁|w・)番外編一発目はアナザーエンド。

193からの分岐です。

 意識が闇に落ちた直後、さくらは広い草原に降り立った。周囲を見渡してみるが、何もない。ただただ広い草原だ。さくらはそこに一人で立っていた。


「戻ってきちゃった……」


 さくらは自嘲気味に笑うと、その場に腰を下ろした。どこかへ行く必要はない。ここにいれば、あちらから会いに来てくれるはずだ。

 さくらはこの場所を知っている。自分の世界からこちら側に来る時に、一度だけ訪れた。ここは、精霊たちの最上位、女神が住まう場所だ。正確に言えばここはどこにも存在していない場所であり、この風景もさくらのイメージから生み出されているらしい。もっとも、さくらも聞いただけの話なので詳しいことは分からないが。


 そうしてしばらく待っていると、突然目の前に白い球体が現れた。ゴルフボール程度の大きさのそれは、何度か明滅すると形を変え始め、やがて白い翼を持つ女の姿になった。金の長い髪を揺らしており、とても神々しく見える。天使のように見えてしまう。それはあながち間違いというわけでもなく、この女はこの世界の頂点、女神だ。

 女神はさくらを見ると、悲しげに眉尻を下げた。


「おかえりなさい、さくら。貴方が戻ってくるだろうとは思っていました」

「あはは……。戻ってきちゃいました。あの、リリアはどうですか?」


 それを聞くと、女神はとても言いにくそうに目を逸らした。その女神を、さくらはじっと見つめる。やがてその視線に耐えかねたのか、女神は小さく嘆息してさくらへと言った。


「部屋に閉じこもっていますよ。さくらに会いたがっています」

「あー……。何となく、そうなるかもとは思っていました……」


 少なくともさくらならそうなる自信がある。さくらは小さく苦笑して、同時に、リリアがそこまでさくらのことを想ってくれていたと知り、嬉しくなった。

 ただ、この感情はもう必要のないものだ。今のリリアなら、さくらがいなくとも立ち直れるだろう。


「では、さくら」


 女神の声に、さくらは顔を上げた。女神が言う。


「申し訳ありませんが、貴方の魂は輪廻の輪から外れています。転生することはできません」

「はい……。消える、ということでいいんですか?」

「そうなりますね」


 やはりか、とさくらはため息をついた。予想していたとはいえ、怖くないと言えば嘘になる。だが今更抵抗するつもりもない。これはさくらが選んだ道だ。


「ですが、一つ、選択肢を与えることもできます」


 さくらが目を見開き、女神の言葉の続きを待つ。


「大精霊となり、私の、ひいてはこの世界のために働いてみませんか?」


 三流企業の勧誘みたいだな、と少しだけ場違いなことを思いながら、さくらが言う。


「そうすると、どうなるんですか?」

「そうですね。消える必要がなくなります。貴方という自我のまま、今後も生活できますよ。それに、人の一生の時間ぐらいでしたら前準備ということで仕事も振りません。好きに過ごして構いません」

「ああ……。つまりはリリアと一緒にいられる、と」

「そういうことですね」


 なるほど、とても魅力的な提案のように思う。すぐにでも飛びつきたくなるが、さくらはゆっくりと息を吸って吐き出し、女神を静かに見据えた。


「デメリットは?」


 それを聞かれた女神は、あからさまに顔をしかめた。それでも、しっかりと答えてくれる。


「自分の意志で消えることはできません。半永久的に生き続けることになるでしょう」


 なるほど、とさくらは頷いた。それを信じるなら、考えなくてはならない。

 次はさくらがリリアを見送ることになる、ということを。見送った後も生き続けなくてはならないということを。


 ――それは、やだな……。


 それこそ自分では立ち直れないかもしれない。さくらは首を振ると、女神へと言った。


「消えます」


 短い、しかしはっきりとしたその声に、女神は顔を歪めた。


「よろしいのですか?」

「うん。もう決めた」

「そう、ですか……」


 女神は小さくため息をつくと、片手を上げた。さくらの体が光に包まれ、そして徐々に、消えていく。痛みはなく、恐怖もない。心はとても穏やかだ。


「あ、女神様、たまにでいいのでリリアのことを見てあげてください。あの子、意外と寂しがり屋なので」

「意味があるとは思えませんが……。いいでしょう。見ておいてあげます」


 女神の声に、さくらは満足そうに頷いて目を閉じた。体のほとんどが光につつまれ、次は顔も包まれていく。消えていく。さくらの全てが。リリアとの思い出が。


 ――できれば……。


 最後に思い出すのはリリアと見た桜の木だ。とてもきれいで、楽しい一時だった。


 ――もう一度、リリアと一緒に、あの桜を……。


 その意識を最後に、さくらは、消えた。


「…………」


 残された女神は悲しげに目を伏せる。さくらの後に残った光の粒をそっと手で包み込み、やがて彼女も姿を消した。


   ・・・・・


 リリアは屋敷の庭にある桜の木を眺めていた。今は真冬だというのに、この桜だけは満開に花を咲かせている。

 さくらがいなくなってしばらくして、この桜は唐突に咲くと、一切散らなくなった。一部の者は大騒ぎをしていたようだったが、リリアにとってはどうでもいいことだ。これはリリアの桜の木であり、誰にも譲る気など毛頭ない。

 これを見ていると、さくらが一緒にいる気がする。気のせいだとしても、それでいい。十分だ。


「さくら。私が、アルディス公爵家を継ぐことになったわ」


 桜の木を見上げ、姿を消した友へと語りかける。当然返事はないが、それでもいい。リリアが続ける。


「まだ結婚などは決まっていないけれど……。時間の問題でしょう」


 望む望まないに関わらず、それはリリアのやらなければならないことだ。もっとも、他の貴族令嬢と違い、公爵家を継ぐリリアは婿を取ることになるのだろうが。


「魔導師としても順調よ。貴方からもらった才能、無駄にはしないわ」


 多くの魔方陣を作り出し、今では誰からも一目置かれるようになっている。自分と同時にさくらも評価されているような気がして、少しだけ誇らしくもある。


「でも、まだまだね……。まだ、人との付き合い方が分からないわ」


 魔導師の中には平民出身の者もいる。価値観の違いもあり、やはり接しづらい。それでも、他の貴族出身の者よりは良好な関係を築けている自信はある。


「まだまだ、がんばるから。ちゃんと見ていなさいよ」


 そう宣言して、踵を返して屋敷に戻り始める。


 ――うん。見てるよ。がんばってね。


 リリアは大きく目を見開くと、勢いよく振り返った。視界に入るのは桜の木であり、声の主の姿はない。気のせいだろう。

 ただ、気のせいであっても、久しぶりに聞いたさくらの声だ。リリアは口角を持ち上げ、足取り軽く屋敷へと戻る。今日の仕事はまだ途中だ。早く終わらせて、今日はアリサたちと花見でもしよう。上機嫌に、さくらから教わった鼻歌を歌いながら、リリアは屋敷へと入っていった。



 桜の木は枝葉を揺らし、花びらを舞わせ、それを見送る。無数に舞い散る花びらの中、木に寄り添うように黒い衣服の少女が立っており、リリアの部屋を見つめ、優しく微笑んでいた。


 そして舞い散る花びらが大地へと落ちていく時には、黒い衣服の少女はその姿を消していた。


これが当初予定していた終わり方でした。

実際には他にも諸々書いていたのですが、それをすると10話ぐらいかかるのでカット。

後日談のネタバレにもなってきますので。

クロスさんが何をしているのかは秘密です。


明日もさくっと番外編の短編を投稿してみます。

後日談は年明けからの予定です。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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