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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
3学年

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「日付の変更? もうすぐってこと?」

「うん……」


 まだ明日も少し時間があると思っていたが、どうやらそれはないらしい。確かにこれは、さくらも言いにくいはずだ。思わず苦笑して、さくらの頭を撫でた。


「分かったわ。残りの時間はのんびりとお話でもしましょうか」

「うん……」


 さくらが頷き、二人で桜の木の根元に座る。しばらくお互いに黙り込んでいたが、やがてさくらが、ぽつりぽつりと思い出話を始めた。




 どれほどそうして話していただろうか。


「ピーマンを食べた時の貴方の反応は面白いわよね。みぎゃあって」

「だって本当に嫌いなんだよ! いや確かに自分でもおかしな反応になってるって分かってるけど!」


 ずっと。ずっと他愛ない話を続けている。大事な話など今更せずに、いつものように。心の底から楽しく思える時間だ。

 二人でひとしきり笑い、そして不意にさくらが真顔になった。その変化の示すところを察して、リリアも表情を引き締めた。もう時間らしい。本当にあっという間だった。


「リリア……」

「時間なのね?」


 リリアが確認するように問うと、さくらが小さく頷いた。リリアも頷き、立ち上がる。さくらも続いて立ち上がった。


「リリア。もう思い残すことは、ない?」


 さくらの問いに、リリアは少し考える。目を閉じ、わずかに口角を持ち上げた。


「ない、と言えば嘘になるわね。ティナやアリサ、シンシアたちともっと一緒に過ごしたかったと思うし」

「うん……」

「それに、さくらとももっと一緒にいたかったわね」

「へ!? あ、うん。私ももっとリリアと一緒にいたかったな。リリアで遊ぶのは楽しいし」

「へえ?」

「ごめんなさい。リリアと、です。だからそんな目で見ないで怖いから!」


 さくらが叫び、リリアが思わずといった様子で噴き出した。さくらも釣られるように笑い、笑い声が小さくなり、また真剣な表情になる。


「じゃあ、リリア……。時間、だから」


 リリアは頷き、そしてすぐに苦笑した。本当に、泣き虫だ。


「どうして泣いているのよ」

「だって……」


 ため息をつき、さくらの体を抱いて頭を撫でる。これも、最後だ。


「今までありがとう。取り憑いたのがさくらで良かったわ」


 リリアが言って、さくらも小さく頷いた。


「うん……。私もリリアで良かった。お疲れ様でした……」


 そうしてそっと体を離す。未だに涙を流しながらも、さくらは柔らかく微笑んだ。


「それじゃあ……」

「ええ。あとはよろしくね」


 リリアがそう言って笑いかける。さくらが泣いているのを見ていると、自分も泣いてしまいそうになる。この後もあるさくらのために涙は見せたくはない。だから、絶対に泣かない。


「うん……。こちらこそ。ありがとう、リリア」


 そしてさくらは、笑顔で言った。


「元気でね」


 これから消える自分に何を言っているのか。少し呆れながらも、さくらも、と返しておく。

 そして、唐突に。

 リリアの意識は闇に沈んだ。



   ・・・・・



 そして彼女は目を覚ます。窓から差し込む光に眩しそうに目を細め、ゆっくりと体を起こした。わずかに戸惑いの表情を見せ、周囲の様子を確認する。やがて、小さく自嘲気味に笑った。


「まったく。意識しすぎかしらね」


 そう言って、リリアは肩をすくめた。やはり日付の変更で入れ替わり、というのは違ったらしい。おそらくはただのリリアの夢だろう。もうすぐだと意識するあまり、あの妙な夢を見てしまったらしい。


 ――おはよう、さくら。朝から妙な夢を見たわ。


 いつものようにさくらへと挨拶をする。いつもならさくらから挨拶をしてくるものだが、今日はない。さくらも最後の日ということで緊張しているのだろう。そう思ったのだが。

 いつまで待っても、返事はなかった。


 ――さくら?


 もう一度、呼ぶ。しかし返事はない。リリアの目がゆっくりと見開かれていく。


 ――ちょっと。変な冗談はやめなさい。さくら。ねえ、返事をしなさい。


 呼ぶ。何度も。何度も。何度も呼び、しかしやはり、一度たりとも返事がない。


 ――さくら!


 大きく、厳しい声音で。しかし、やはり。

 リリアはすぐにベッドに横になる。目を閉じ、意識を集中させる。またあの暗い世界に行こうとして。

 行けなかった。

 場所は、ある。意識を集中させると、心の中にぽっかりと小さな穴が空いているような感覚がある。それがさくらのいる場所であり、そうと意識すればいつの間にか行けるようになっていた。

 だが今は、場所があると分かるのに、それと同時に、そこにはもう誰もいないということも自然と理解できた。できてしまった。

 さくらは、いなくなっていた。


「うそ……」


 まだ時間はあったはずだ。少なくともさくらは、そう言っていた。

 そこまで考えて、不意にさくらから事情を聞いた時の言葉を思い出した。


 ――私がいる限り、強制みたい。


「……っ!」


 その時に、その言葉に少しでも疑問を覚えていれば、詳しく聞くことができただろう。その言葉を思い出せば、今のことも容易に説明できる。

 リリアの心の中にさくらがいる限り、強制的に入れ替わることになる。それはつまり、さくらがいなければ、入れ替わりはない。さくらはリリアのために自ら消えた、ということだろう。


「どう、して……」


 理由は分かった。だが納得はできない。さくらは一言たりともそんなことを言わなかったはずだ。だがそれも、分かる。言えば、リリアが必要ないと言い張るからだ。故にさくらは、リリアに黙って消える道を選んだ。

 言ってほしかった。少しでも相談してほしかった。それほど自分は信用できないのか。そう考え、すぐに、違うと自分で否定した。さくらはリリアを信用してくれていた。だからこそ、相談しなかった。リリアがさくらに体を譲ることを選んでいたからこそ、その意志を変えないだろうと分かっていたからこそ、言えなかったのだろう。


 それが正解かと聞きたくとも、さくらはいない。これからどうすればいいのか聞きたくとも、答えはない。さくらはもう、いないのだから。

 リリアを諭し、導いてくれたさくらは、もういない。

 それを理解した瞬間。

 リリアは、声を押し殺して涙を流した。

 アリサたちがリリアを呼びに来た時も泣き続け、右往左往するアリサたちを部屋から出して、それでもまだ、泣き続けた。ずっと、ずっと。



 その日を境に、リリアは再び部屋に閉じこもった。


壁|w・)のー・ばっどえんど。

まだ続きます。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何回読んでもここで涙し、エピローグで嬉し涙してしまうんです! 素敵な物語をありがとうございます!(何回でも言っていきたい!)
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