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図書室から寮へと真っ直ぐに向かう。すれ違う生徒などから好奇の視線を感じるような気もするが、全て無視する。話しかけられたなら応えはするが、見られているだけで反応してやる義理もない。
寮の自室に入ると、アリサの礼に出迎えられた。
「お帰りなさいませ、リリア様」
「ただいま。……ずっと部屋にいたの?」
「はい。そうですが」
「どこか出かけていてもよかったのよ」
「許可をいただいていなかったので……」
なんて融通の利かないやつだ、とリリアがわずかに眉をひそめると、さくらが苦笑した。
――復学初日だからね。リリアがいつ帰ってきてもいいように部屋にいたんじゃないかな。まあ、許可をもらっていなかったのもあるだろうけど、もらっていても今日はずっといてくれてたと思うよ。
――私はそこまで頼りないの?
――うん。二週間引きこもった以上、説得力はないね。
――む……。
さくらの言う通りだと思うので反論ができない。すでに引きこもりの前科があるのだから、アリサが心配するのも当然だろう。
――それに実際に授業に出てないしね!
――それは……。いえ、そうね……。
――やーい、不良めー。
――黙りなさい。
アリサに視線を戻す。アリサは心配そうにリリアを見つめていた。
「アリサ。私は大丈夫よ。明日からは出かけていてもいいから」
「そう、ですか?」
「ええ。それじゃあ私は寝室で勉強をするから、何かあれば呼んでもらえる?」
「畏まりました」
アリサから礼で送られ、リリアは寝室へと入った。扉を閉めてから、部屋の隅にある机に向かう。机の脇の本棚には、アリサが整理してくれたのだろう、教材などの本が種類ごとに並べられていた。
――さくら。今日もよろしくね。
――はーい。紙出してー、ペン出してー、がっつりいくよー!
リリアは指示通りに紙とペンを机に置きながら、さくらの元気な声にわずかに笑みを漏らした。
さくらの言葉を紙へと書き連ねていく。現在教わっているのは、算術だ。その中でも算盤と呼ばれているもので、さくらから適当な数字をいくつも聞いては、頭の中でその合計を計算していく。さくらの言う道具は用意できないので、計算の全てはイメージで行っている。
――リリア。誰か来たよ。
さくらの声にリリアは顔を上げた。様々な数字を書いている紙を裏返しにし、扉へと振り返る。すぐにノックされた。
「リリア様。お客様です」
リリアが怪訝そうに眉をひそめた。この学校に自分を訪ねてくる者はいないはずだ。以前はリリアにも取り巻きというものがいたが、戻ってきてからはまだ姿を見ていない。
「誰?」
「ティナ様です」
リリアが驚きで目を丸くする。今朝に会ったところだというのに、訪ねてくるとは思わなかった。一体何が目的なのか。
――いやだからリリア、目的とかそんなこと考えたらだめだよ。友達だよ?
――何言っているのよ、ここは上級貴族の階層よ、友達を訪ねるなんて理由で来てはいけない場所よ。
――いや、でも……。あれ? まさかリリアに論破された!? 屈辱だ!
――どういう意味よ。
釈然としない気持ちになりながら、リリアは席を立つ。アリサと共に部屋の入口へ。扉を開けると、どこか緊張した面持ちのティナがそこにいた。
「リリアさ……。リリア。こんばんは」
また様付けをしかけたな、と思いながら、今回は途中で気づいたようなので何も言わないことにした。
「こんばんは、ティナ。何かご用?」
「用、というものじゃないんだけど……。良ければ一緒に、ご飯、行かない?」
「それは……。私は構わないけど、貴方はいいの?」
「うん。もちろん。友達とご飯を食べるのに誰の許可もいらないよね?」
何となくだが、王子がこの少女を好きになった理由が分かる気がする。プライドの高い貴族連中なら仲良くすることなどまず不可能だが、それさえなければこの少女はとても付き合いやすいだろう。
「分かったわ。行きましょうか。でもそれはついででしょう? 本題は?」
「え? 本題? なに?」
ティナがかわいらしく小首を傾げるのを見て、リリアの頬が引きつった。背後からはアリサが苦笑するのが分かる。なぜだか少し恥ずかしくなり、わずかに頬を赤くしてしまう。
――ふ。やはり私の言うことが正しかったな。勝った。
――は?
――ちょ、怖いよリリア! 冗談だよ!
リリアが内心で舌打ちをすると、ひぃ、とさくらが怯えた声を漏らす。そんなさくらは放置することにして、リリアは笑顔を貼り付けた。
「ごめんなさい、気にしなくていいわ。行きましょうか」
ティナは安堵のため息を漏らすと、はい、と頷いた。
気まぐれに就寝前に投下してみました。ねむねむ。
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ではでは。




