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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年前学期
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 広い部屋に華美なベッドや家具がある。どれ一つ取っても、最高級な品であることが分かる。それは装飾品というわけではなく、この部屋の主が実際に使用しているものだ。床に敷かれている絨毯ですら、いくらするのか想像もできない高級品。


 庶民なら誰もが羨むだろうその部屋のベッドに、少女が頭を抱えて座っていた。どうして、なんで、という言葉ばかりが小さな声で繰り返されている。その顔は絶望に染まり、目元にはくっきりと隈が浮かんでいた。彼女の自慢の長い金髪は、手入れをしていないのが一目で分かる有様となっている。


 彼女の想い人はこの国の王子だ。その王子が気に掛けている少女がいると聞いて、彼女は貴族が通う学校でその少女を見に行った。儚げな印象を持つ、物静かな少女だ。王子があんな女を気に入るはずがない、と鼻で笑おうとしたが、彼女の目の前で王子は少女に話しかけていた。それも、彼女が見たこともないほどの満面の笑顔で。


 それから彼女は、少女に対して嫌がらせを行うようになった。少女は抵抗せずに、彼女とその取り巻きによる執拗な嫌がらせを受けていた。彼女の立場故に、誰も助けようとはしなかった。王子なら助けることもできただろうが、彼女は王子の目にだけは触れないように立ち回っていた。


 ただ、いつまでもそんなことが続くわけがない。王子に嫌がらせの現場を、しかも彼女が自ら手を出したところをはっきりと見られた。王子は当然ながら激怒し、彼女を責め立て、そして言い放った。


 ――私はお前とはもう関わらない。父上に進言して、婚約の話も白紙に戻してもらおう。


 彼女は絶望した。王子の足下にすがりつき、何度も謝罪を口にした。思えばその時が、挽回の最初で最後の機会だったのかもしれない。


 ――謝る相手が違うだろう。


 王子はそれだけ言い残すと、彼女の手を振り払い、少女を連れてその場を立ち去っていった。

 それが一週間前のことだ。それ以来、彼女はずっと屋敷の自室に閉じこもっている。


 意味もなく流れていく時間。何かをしなければと思うが、どうすることもできない。少女にはもう、何かをする気力というものが無くなっていた。

 今日も無駄な一日が終わる。夜も更けたところで、少女はそんなことを頭の片隅で考え、そして、


 ――はろーおはようこんばんは。お久しぶり、リリア。


 突然頭に響いた声に、リリアと呼ばれた女は勢いよく顔を上げた。周囲を見てみるが、誰もいない。静まりかえった自分の部屋だ。


 ――あはは。どこを探しているの?


 若い女の声に、リリアは二年前の記憶を思い出していた。以前も聞いた同じ声。そして、王子の逆鱗に触れるだろうと予言したあの声を。


「どこにいるの……?」

 ――私はここにいるけどここにいない。私は貴方の心の側に! 貴方に幸せを運ぶために遣わされた天使ちゃんです!

「私を笑いにきたの?」

 ――ありゃりゃ、ご機嫌斜め。まあでも、仕方ないかな。ごめんね、変なテンションで。


 最後の方は本当に落ち込んだような、しょんぼりとした声だった。その落差にリリアはわずかに笑みを浮かべる。落ち込むなら最初からしなければいいのに、と思いながら口を開く。


「貴方の予言の通りになったわね。あの時に貴方の言葉をちゃんと聞いていたら、この事態を回避できたのかしら?」

 ――意味のない仮定だね。あの時の貴方は私の言葉を聞くつもりがなかった。だからこれは必要な過程だったんだよ。

「貴方を信じる代償があまりにも大きいわね……」


 リリアが重いため息をついた。反応に困っているのか、声はしばらく聞こえなかった。

 しばらく静かな時間が流れ、もういなくなったのかなとリリアが不安に思うと、


 ――ごめんね、私じゃ気の利いたことは言えないよ。


 悲しげなその声に、リリアは少しだけ目を見開いた。もとより自分の自業自得なのに、何を気にしているのだろうか。


 ――リリア。私は貴方を助けたい。だから少し、私の話を聞いてくれないかな?


 その声に、リリアは苦笑と共に頷いた。


「もともとその約束だったじゃないの。貴方の言葉は全面的に信じるわ。でも、こんな私を助けられるの? 殿下と仲直りができるの?」

 ――えっと。その質問の答えの代わりに、また一つ予言をいいかな。


 リリアは訝しげに目を細めながら、どうぞ、と続きを促した。


 ――ではでは……。こほん。貴方は一週間、落ち込みました。この後の一週間、考えます。何を間違ったのか、どうすればいいのか、と。そして貴方は結論を出します。自分は何も悪くはない、と。悪いのは周囲の方だと。

「なっ……! いくら私でもそんな……!」

 ――うん。冷静になってる今だからそう言えるんだよ。続きね。貴方は学園に戻ります。普段通りに、普段以上に周囲を振り回します。その結果……。


 声がそこで言葉を止める。リリアは生唾を呑み込み、続きを待つ。


 ――貴方は王子どころか王の、国の逆鱗に触れるでしょう。そうなれば、公爵家といえどもただでは済みません。爵位を剥奪され、貴方の家族は平民の世界へと投げ出されます。


 なんだそれは、と思う。確かにこの国の王にはそれだけの権限があるが、実際に爵位が剥奪された公爵など存在しない。しない、はずだ。


 ――さあ、想像して、リリア。ずっと貴族として生きてきた公爵家の家族が、突然平民の世界に放り出されるところを。……って、想像できないか。


 声の言う通り、リリアも平民がどんな暮らしをしているのか分からない。ただ、今みたいな贅沢は間違いなくできないだろう。この生活に慣れきった家族では、耐えられないはずだ。もしかすると、自殺まであるかもしれない。

 そこまで考えて、ふとリリアは疑問に思った。今のはリリアの家族の話であり、なぜリリア本人には触れないのだろう、と。それを察したのだろう、声は楽しげな、けれど悲しげな不思議な声で言った。


 ――貴方自身のことは気にしなくていいよ。だって、処刑されるから。


 それを聞いて、頭が真っ白になった。処刑される? 誰が? 私が? どうして?


 ――何をしたのか、は黙っておくね。知る必要もないから。


 顔面蒼白になったリリアをいたわるような、優しい声音だった。


 ――さて、リリア。本題だよ。私は貴方を死なせるつもりはないよ。貴方が道を踏み外さないように、貴方に助言を与えてあげる。ただ、私も人生経験が豊かってわけでもないから、一緒に考えていくことになるだろうけど……。どうかな、リリア。


 リリアは少し考えて、そしてすぐに結論を出した。


「お願い……助けて……」


 消え入りそうな、弱々しい声。リリアのその声を聞いて、


 ――うん……。任せて、リリア! 助けてあげる!


 力強いその声に、リリアは静かに涙をこぼした。


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