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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
3学年

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「リリア。お願いがあるんだけど、いいかな?」


 その日の夜。暗い世界でさくらが口にした言葉に、リリアは少し驚きながら目を瞬かせた。何故今更、とは思うが、今だからこそやりたいことがあるのかもしれない。リリアはすぐに頷いた。


「いいわよ」

「実は……って、私まだ内容言ってないよ?」

「言わなくてもいいわよ。さくらを信じているから」

「う……。あ、ありがと……」


 照れたようにはにかむさくらに微笑みながら、内容を聞く。


「うん。えっとね。体を少しだけ借りてもいいかな?」


 本当に、何故今になって、と思う内容だった。焦らなくとも、あと二日待てば自由に使えるというのに。リリアが怪訝そうに眉をひそめるが、さくらは具体的なことは何も言わなかった。


「少しだけでいいから。だめかな?」

「いいわよ。ただ、あまり他の人に見られないようにね」

「ありがとう! じゃあちょっと行ってくるね」


 言うが早いか、すぐにさくらは消えてしまった。どうやらリリアがここにいれば、さくらは簡単に体を使うことができるらしい。今までは遠慮でもしていたのだろうか。


 桜の根元に座り、静かに待つ。どうやらあの闇に包まれる心配はないらしく、しっかりと感覚を保っていられる。許可を出したものの、あの闇だけは分かっていても恐怖でしかない。


 桜を見上げながらさくらを待つ。一人きりで落ち着く時間は久しぶりかもしれない。一年前からはずっとさくらが共にいた。当初は時折煩わしくも思っていたものだが、今はむしろ一人きりであることに不安を覚えてしまう。

 まだ戻ってこないのだろうか。少し寂しさを覚えた始めたところで、さくらが戻ってきた。何もない空間から唐突に人が現れる光景は、初めて見たためかもしれないが、度肝を抜かれた。


「ただいま。……ん? どうしたの?」


 さくらが首を傾げて聞いてくる。いたっていつも通りのさくらに安堵しつつ、リリアは半眼で睨み付けた。


「いきなり現れないでほしいわね。びっくりするじゃない」

「へ? あ、うん。ごめんなさい?」


 どうやらさくらはいまいち理由が分かっていないらしい。リリアがここに来る時は別の現れ方をしているのか、それともさくらが慣れてしまっているだけか。理由は分からないが、気にするだけ無駄だろう。


「もういいの?」


 気を取り直して聞いてみると、さくらは笑顔で頷いた。


「満足! それじゃあ、リリア。そろそろ休む?」


 戻ってきたところだというのに、落ち着きがないものだ。そう思うが、時間だけで考えればいつもよりもここにいたのかもしれない。明日は答案の返却しかないが、自由に一日動けるのは明日で終わりだ。気持ちよく過ごすためにも、休んだ方がいいだろう。


「そうね。そうするわ」


 リリアが頷くと、さくらも微笑んだ。


「うん。おやすみ、リリア。また明日」

「ええ。おやすみ、さくら」


 立ち上がり、さくらに手を振る。そして目を閉じて、ゆっくりと意識を手放した。


   ・・・・・


 色が失われていく世界を見ながら、さくらは自己嫌悪に顔をしかめていた。約束の日まではあと二日。一日使えるのは明日で最後であり、明後日は昼過ぎに入れ替わることになる。時間に関しては推測に過ぎないが、恐らく間違いないだろう。

 その時が、リリアが処刑されるはずだった時間だ。

 もう、時間がない。


 大切な友人を殺してしまう。そのことが、さくらの心をずっと苛んでいる。先ほどリリアの体を借りた時に精霊たちに相談したのだが、彼らよりも上位の神が決めたことなのでどうすることもできないらしい。リリアと共にいることは、できない。

 感覚が消失する。さくらは思考の海に沈みながら、重く長いため息をついた。


   ・・・・・


 翌日。リリアは目を覚ますと朝食を済ませ、すぐに教室に向かった。早くに行くことに意味はない。ただ、何となくだ。

 教室には誰もおらず、リリアが一番乗りだった。自分の席に座り、目を閉じる。とても静かな時間だ。


 ――考え事?


 さくらの問いかけに、リリアは笑みをこぼして頷いた。


 ――一年前のことを思い出していただけよ。色々あったなって。

 ――そっか。色々あったね。

 ――貴方には本当に振り回されたわ。

 ――う……。ごめん。


 気落ちしたようにさくらが謝ってくる。リリアは慌てたように言った。


 ――冗談よ。本当に感謝しているから。

 ――ん……。誰か来たよ。


 リリアが顔を上げると、王子とクリスだった。二人とも、リリアがすでにいることに心底驚いたように目を見開いていた。その様子に内心で苦笑しつつも、リリアは二人を睨み付けた。


「失礼ですね」

「あ……。すまない」


 王子が慌てたように謝罪を口にし、クリスも同じように謝ってくる。リリアは肩をすくめた。


「リリアーヌ」


 王子がリリアの目の前に立つ。首を傾げるリリアへと、王子が言った。


「今回こそは、私が勝つ」

「あら。簡単には負けませんよ」


 もっとも、もう結果を待つだけなのだが。王子は少しだけ息を吸うと、


「今回もし負けたとしても、その次は負けない」


 王子が、繰り返す。


「次は、負けない」


 王子の言おうとしていることを察して、リリアは目を瞬かせた。何か、察するところでもあったのだろうか。リリアは自嘲気味に笑うと、妖艶に笑ってみせた。それを見た王子が頬をひきつらせ、僅かに頬を染めた。


「私も負けませんよ、殿下」


 王子はしばらくリリアを見つめていたが、やがて、ならいい、と踵を返して自分の席へと戻っていった。クリスもこちらを気遣わしげに見ていたが、結局何も言わずに自分の席へと、王子の隣へと戻っていった。


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ではでは。

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