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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
3学年

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 その日の夜。リリアは暗い世界に呼び出されていた。桜の木の前で、リリアとさくらは向かい合って座っている。


「リリア。明日が試験、だけど……」


 さくらの声に、リリアは頷いた。思い返せばあっという間の一ヶ月だった。結局いつも通りの一ヶ月のような気もする。特別なことはほとんど何もしていない。


「約束の日は三日後ね。あと二日、何をしましょうか」

「いや、試験は?」

「午前中に終わるじゃない。それとも、さくらは時間がかかると思うの?」

「あー……。思わないね」


 でしょう、とリリアが言うと、さくらは苦笑した。そのままお互いに黙り込み、妙な沈黙が流れてしまう。何故か、少しだけ気まずいと感じていた。


「何かやり残したことはない?」


 さくらの問いに、リリアは少し考え、ないわね、と頷いた。


「もう十分よ。今すぐ代わってあげてもいいわよ?」

「遠慮します」


 さくらの即答に、リリアは残念、と肩をすくめた。そう言えば、と思い出したことを口にする。


「さくらはこの世界の勉強は大丈夫なの? 算術とかはともかく、歴史や魔法は?」

「歴史はこっちに来る時に自然と。魔法はだいたい覚えたよ。ティナに使った治癒の魔法陣はどこのだと思ってるの?」

「え? さくらが作った魔法陣ではないの?」


 リリアの答えに、さくらは苦笑して首を振った。ということは、この世界にある何かから得た魔法陣らしい。魔法陣を見る機会など少ないので、リリアも共に見ているのなら覚えているはずなのだが。


「アリサに教えてもらう時に使った教材からだよ。最後のページだね」


 そう言えば、とリリアも思い出す。アリサに魔法を教わっていた時に使っていた教材。あれには多くの魔法陣が描かれていた。あの魔法陣の中の一つだったらしい。


「もしかして、一度見ただけで覚えたの?」

「うん。褒めてもいいよ?」

「そうね。素直に感心するわ」


 リリアがあれを見ていた時は、こういった魔法陣もあるという参考程度だ。まさかさくらが一度で覚えてしまっているとは思わなかった。そう考えると、この少女の記憶力はリリアの知る人の中では随一かもしれない。


「だいたい覚えたからね。魔法の授業も大丈夫だよ」

「そうね。それなら安心ね」


 そこで会話は途切れ、リリアは小さくため息をついた。さくらとはまだ話をしておきたいとは思うのだが、これを話したい、と思うことはあってもうまく言葉にできない。


「リリア。そろそろ寝ようよ。試験で失敗したら悔いが残るよ?」


 さくらの提案にリリアは頷いた。リリアにとっては明日が最後の試験だ。最後も一位を取って、満足したままさくらに代わりたい。まだ二日あるのだから、急いで話をする必要もないだろう。


「さくら。また明日ね」

「うん。また明日」


 さくらに手を振り、リリアは眠りに落ちた。




 翌日。リリアが教室に向かうと、珍しいことにすでに王子の姿があった。クリスと向かい合って座り、教材を広げている。真剣な表情でクリスと何かを話していた。


「おはようございます、殿下」


 興味を覚え、王子へと挨拶する。王子が驚いたように目を見開き、すぐに表情を消した。


「殿下が教室で勉強をするなんて、珍しいこともあるものですね」


 馬鹿にするかのような言い方だが、ただの本音だ。授業中はともかく、それ以外の時間では初めて見る。王子もリリアがただ本音を言っただけだと分かっているのだろう、苦笑しつつ肩をすくめた。


「私も勉強ぐらいはする。それに」


 王子がリリアを睨み付ける。悪意のあるものではなく、挑戦的な目だ。


「今回こそは、勝ってみせる」


 リリアに勝つために、直前まで勉強をすることにしたらしい。良い心がけだ、と思うのと同時に、リリアは目を細めた。王子とクリスが頬を引きつらせるが、リリアは気にせずに続ける。


「申し訳ありませんが、今回だけは負けるわけにはいきません」


 王子とクリスが怪訝そうに眉をひそめる。リリアはそれ以上は何も言わず、自分の席へと向かった。今日はセーラたちも集まってこない。彼女たちも自分の席で勉強をしている。


 リリアはいすに座り、静かに目を閉じる。ゆっくりと、集中力を高めていく。まだ王子やクリスに負けるとは思わないが、油断は禁物だ。全力で、潰す。


 ――怖いよ。


 それまでリリアの集中の邪魔をしないように口を閉ざしていたさくらが、苦笑気味に短くそれだけ言った。




 今までと同じように、リリアは試験を最も早く終えた。答案を教師に預け、何か言いたそうな視線から逃げるように教室を出る。ゆっくりと息を吐き、自室へと足を向けた。


 ――さて、何をしましょうか。


 この後の予定は何もない。明日の答案返却を待つだけだ。残された時間は僅かだというのに、リリアの心は妙に落ち着いていた。


 ――せっかくだし、アリサとシンシアを誘ってのんびりしたら?

 ――そうね。それもいいわね。


 残った時間はあの二人と過ごすのも悪くはない。さくらの提案にリリアは頷いた。




 楽しい時間は瞬く間に過ぎていく。

 自室でアリサの紅茶を飲みながら、アリサとシンシアの二人と話をする。昔のことや今のことを。以前のリリアの話題が出ると、どうにも気恥ずかしく思えてしまう。あの頃はともかく、今なら言える。自分は本当に愚かだった、と。


「ですが今のリリア様は尊敬できます」


 二人のその言葉はとても嬉しいのだが、この先のことを考えると申し訳なくも思ってしまう。もうすぐ、この二人とも二度と会えなくなる。そう思うと少しだけ、寂しい。


 ――リリア……。

 ――大丈夫よ。


 その日の夕食もアリサに部屋に運んでもらい、三人で思い出話に花を咲かせた。


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ではでは。

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