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翌日以降、リリアは授業には出ず、午前中はシンシアを護衛にして南側を歩き回った。特に目的があるわけではなく、いつものように美味しそうなものを見つけては購入していく。
――リリアあれが食べたい。
――はいはい。
ほとんどがさくらの希望だ。何かを食べるたびにさくらと感想を交わす。これもあと何回できることか。
――このお饅頭、とかはさくらの世界にでもあるお菓子なのよね。
草大福を頬張りながら、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。そうだよ、とさくらが答え、リリアが続ける。
――このお菓子を伝えたのは、もしかしてさくらの世界の人なの?
――多分そうだと思う。というより、賢者って呼ばれてる人は私の世界の人だと思うよ。どういった経緯で来たのかは分からないけど。
――ふうん……。
では賢者たちもやはり最後には消えてしまったのか。それを聞きそうになり、しかしリリアは何も言わずに首を振った。さくらが知るはずのないものだ。それに、知ったところでリリアには関係のないことでもある。
――あ、リリア! あれも食べようよ!
――どれ?
さくらの示す店に向かいながら、先ほどの考えは忘れることにした。
午前中はさくらと共に気ままに南側を巡り、午後は図書室の部屋でレイに勉強を教える。放課後は部屋にいれば、必ず誰かが訪ねてくる。少しだけ変わった部分もあるが、概ねいつも通りの生活だ。このままさくらに引き継げば問題はないだろう。
そう思ったところで、少し不安になった。さくらがリリアの体を使うなら、リリアとして振る舞うということだろう。おそらくさくらもやる気になれば礼儀や作法は大丈夫だとは思うが、それでも細かい部分で違いが出てくるはずだ。残り一週間を切っている以上、今更修正などできるはずもない。
――さくら。提案があるのだけど。
ある日の夜。リリアがそう言うと、さくらがなに? と先を促してきた。
――協力者を探しましょう。
――協力者?
――そうよ。アリサかシンシアに事情を話せば、協力してくれるでしょう。二人の協力があれば、少し失敗したところで助けてくれるはずよ。
あの二人なら協力して助けてくれるはずだと確信が持てる。それぐらいには、二人のことを信用している。いい案だと自分ではそう思ったのだが、しかしさくらは首を振ったようだった。
――必要ないよ。
――どうして? あの二人のことが信用できないの?
――うん。そう取ってもらってもいいよ。
リリアの目が不機嫌そうに細められた。それを見ているのは関係のないアリサであり、アリサの表情がわずかに引きつり、リリアは慌てて感情を隠した。
――どういうことよ。
声が強張っているのが自分でも分かる。さくらは苦笑して、答えた。
――あのね、リリア。どれだけ信用していても、やっぱり簡単には信じられないことだよ。想像してみて。アリサでもティナでも誰でもいい。ある日突然、もうすぐ自分の意識が乗っ取られて全くの別人になるって言われて、そうなのかってすぐに信じられる?
想像して、リリアはすぐに首を振った。確かに自分ならまず信用しない。さくらがいるからこそ、そういったこともあるだろう、と思えたりもするが、それがなければ正気を疑うだろう。
――うん。だからいいよ。リリアは気にしなくて大丈夫。私が自分でどうにかするから。
そう簡単にできることではない。それはリリアが言わなくとも、さくらなら分かっていることだろう。どうやら自分にできることはないらしく、リリアは小さくため息をついた。
――ごめんなさい、さくら。
――どうして謝るかな……。リリアは気にせず、好きなことをすればいいんだよ。
さくらの苦笑しながらの言葉に、リリアは小さく頷いた。
休日は朝からティナがリリアの部屋を訪ねてきた。とても早い時間で、リリアはようやく起き出して着替えを始めたところだった。大急ぎでワンピースに着替え、ティナを部屋へと招き入れた。
「早すぎるでしょう」
「ごめん。楽しみで寝られなくて……」
ティナが照れたように笑い、リリアはやれやれと首を振った。
「せっかくだし、ゆっくりしていきなさい。アリサ」
「畏まりました」
リリアが呼ぶと、アリサはすぐに紅茶の用意を始める。そうしてすぐに、テーブルの上に紅茶と菓子が並べられた。朝食の代わりになるかは分からないが、すぐに用意できるものはこれぐらいしかない。
だがティナは出された菓子に嬉しそうに目を輝かせた。リリアが簡単に祈りを済ませ、菓子を口に運ぶ。それを見ていたティナも、すぐに菓子に手を伸ばした。
「はあ……。やっぱり美味しい。それに、紅茶も。私が淹れるものとは全然違う……」
「普段紅茶を淹れない人に負けるわけにはいきませんよ」
アリサが苦笑して、すぐに空になったティナのカップにお代わりを注いだ。ティナが礼を言って、今度はゆっくりと飲み始める。アリサはそれを満足そうに微笑みながら見ていた。
そうして紅茶とお菓子を楽しみ、日が十分に昇ってからリリアはティナと共に自室を出た。少し離れて、シンシアが着いてくることになっているらしい。ティナは気にせず一緒に来ればいいのに、と言っていたが、シンシアはご友人と過ごす時間を邪魔したくはない、と譲らなかった。
寮を出て、ティナと共に門まで歩く。そのまま誰にも呼び止められることなく、南側へと入った。
ティナと共に南側の街を巡る。ほとんどが平日にさくらとシンシアと共に巡った日と変わらない。違うところと言えば、さくらの代わりにティナがリリアを案内していることか。
「次はあれ。あそこが美味しいんだよ」
そう言いながら、小さな屋台へとティナが走って行く。リリアは苦笑しつつも、こちらは歩きながらそれを追った。
――二人そろって食べ歩きって……。
――少なくともさくらには言われたくないわね。
――むむ! 私だって他にも興味あるよ! ぬいぐるみとか!
むきになるさくらに笑みを零しながら、ティナが差し出してきた串に刺さった焼き肉を受け取る。ティナがそのまま食べ始め、リリアも真似をして同じように食べる。肉にかかっている液体がなかなか美味しい。
――うん。言い方ないかな。液体って。
さくらの声を聞き流しながら、すぐに食べ終えた。
「ティナ。一つ聞きたいのだけど」
次はどこに行こうかな、と周囲を見回すティナへと言うと、ティナがすぐに振り返って笑顔を向けてきた。
「なに?」
「ぬいぐるみ、はこの辺りでは売っているの?」
――リリア!?
さくらの慌てたような声を無視して返事を待つ。ティナは言葉に詰まり、目を逸らした。
「ちょっと場所が違う、かな……。この辺りは食べ物がたくさんある通りだから」
「そう。残念ね。また次の機会に案内してもらえる?」
「もちろん!」
ティナが嬉しそうな満面の笑顔になる。リリアが思った以上にぬいぐるみを気に入っていることに喜んでいるのだろう。その感情が手に取るように分かる笑顔で、向けられているリリアが恥ずかしくなってくる。本当は、ティナからもらったものは気に入っているが、ぬいぐるみそのものには今もそれほど興味はない。
――さくら。とりあえずこれでティナに案内してもらえるわよ。
――むう……。ありがとう、と言っておくけど……。気にしなくていいからね?
分かっているわよ、と肩をすくめて、ティナとの買い物を再開した。
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ではでは。




