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それに、さくらが今後どうするかも分からない。確かに魔導師になることは強制だが、それはこの国にいる限りだ。別の国に嫁ぐなりすれば、また話は変わってくる。もっとも、今となってはそれも難しい可能性があるが、さくらならどうにかするだろう。
――何をしてもいいけれど、アリサとシンシアはお願いするわよ。
――ん……。
気のない返事だが本当に分かっているのだろうか。とにかく、さくらの今後を考えれば、これ以上の安請け合いはしてはならない。
リリアはセーラの方へと顔を向ける。期待に満ちた瞳を見ると申し訳ない気持ちも出てくるが、だからといって認めるわけにもいかない。極力申し訳なさそうに見えるように表情変えて、言う。
「ごめんなさい、セーラ。今はまだ予定はないわ」
「そうですか……。残念です」
本当に残念そうな声と表情に胸が苦しくなる。どうにも、甘くなってしまったものだ。リリアは内心で苦笑しつつ、
「ごめんなさいね」
そう謝罪を口にすると、セーラが驚いたように目を見開いた。すぐに勢いよく首を振る。
「いえ! お気になさらないでください。メイドの勉強はしておきますので、お声がかかる日を心待ちにしております」
「そう……。分かったわ。あまり期待されても困るけれど」
「その時は縁談に乗るだけですよ」
だから気にしないでください、とセーラは笑い、リリアは曖昧な笑顔で頷いた。
午前の授業が終わり、食堂でサンドイッチを作ってもらい図書室に向かう。
――セーラは私のメイドになることが第一志望なのね。
――それは……。どうなの?
――珍しくはあるけれど……。まあ、さくらが気にすることでもないわ。余裕があるなら雇ってあげてもいいと思うわよ。
――セーラが仕えたいのはリリアにだからね……。それを言っちゃうとアリサとシンシアもだけど。
――難しく考える必要はないわよ。
そんな会話をしつつ、図書室のいつもの部屋の扉を開ける。
「じゃあ次の特集はリリアーヌ様についてで」
「異議なし!」
閉じた。
――…………。助けて。
――無理。
さくらの即答に、リリアはそっとため息をついた。レイならいるだろうと思っていたのだが、リアナたちまでいるとは思わなかった。一瞬だけ聞こえた言葉の内容から、次の壁新聞のことを話しているのだろう。その特集でリリアを取り扱う、とか。
――やってもらおうよ。リリアが新聞に載るよ。やったねリリア! 有名人だ!
――良かったわね、さくら。もうすぐ貴方よ。
――そうだった! 止めないと!
――調子いいわね……。
やれやれと首を振りつつ、もう一度扉を開ける。全員が集中しているようで、リリアには気づかない。静かに中に入り、会話に聞き耳を立てる。
「南側のお菓子をまとめるならやっぱりリリアーヌ様は外せないね」
「リリアーヌ様のお気に入りの店をまとめるだけでも、きっとみんな見てくれるよ」
「それはいいけど、リリアーヌ様に会いに行かないと」
どんどんと話がまとまりつつある。どうやらリリア個人の特集ではなく、南側のお菓子の特集らしい。その上でリリアのお気に入りの店をまとめたいようだ。
――やーい。自意識過剰。
――…………。久しぶりにピーマンが食べたいわね。
――ごめんなさい!
ピーマンやだこわい、と小声で呟き続けるさくらに苦笑を漏らし、リリアは最も近くにいるレイの肩を叩いた。レイが驚いて跳び上がり、勢いよく振り返る。リリアの姿を認めると、気まずそうに目を逸らした。
レイのその反応に、ようやくリアナたちもリリアに気が付いたらしく、全員が顔を青ざめさせていた。
「別に怒らないわよ」
そう言うと、リアナたちはほっと安堵のため息をついた。テーブルにある紙をのぞき見ると、やはり菓子の特集をするらしく、様々な店の商品の特徴が書き連ねられていた。
「あの! リリアーヌ様!」
リアナが叫ぶように声を上げる。リアナに視線だけで先を促すと、どこか緊張しているような様子で続けた。
「リリアーヌ様は南側ではどのお店に行っているのですか?」
リアナの問いに、リリアはテーブルの紙に書かれている店名を指差した。
「ここと、ここと、ここ。これは必ず行くわね。あとはその時の気分次第よ」
「へえ……! ちなみにどのお菓子を……!」
リリアに詰め寄ってくるリアナに頬を引きつらせつつ、リリアはリアナの質問に一つずつ答えていった。
午後の授業の時間が迫り、リアナたちが挨拶をしつつ部屋を出て行く。リアナたちを送り出すと、部屋に残されたのはリリアとレイだけになった。リリアは疲れたようなため息をつきながらいすに座り、すっかり冷えてしまったサンドイッチを頬張った。
「ごめんね、リリア」
向かい側に座ったレイが申し訳なさそうに頭を下げる。リリアは少し遅くなった昼食を食べ進みながら、適当に手を振った。
「あの子たちはやっぱり将来は新聞に関わる仕事をするのよね」
リアナたちが出て行った扉を一瞥してリリアが言う。レイは、どうだろうね、と首を傾げた。リリアが怪訝そうに眉をひそめ、それを見たレイが少し考えるような素振りを見せつつ言う。
「リアナは間違いないと思うけど、他の三人は分からないよ。リアナと一緒に働くかもしれないし、別の仕事を探すかもしれないし……。まだ迷ってるみたいだね」
「ああ、そうなの……。四人ともとても楽しそうにしているから、てっきりこれからも四人で作っていくのかと思ったのだけどね」
「あはは。まあみんな、結構大きい商店の子供らしいからね。色々あると思うよ」
なるほど、とリリアは頷いた。皆が皆、やりたいことができるというわけでもないらしい。
「リリアは魔導師になるの?」
レイが聞いて、リリアは頷いた。
「そうね。多分、だけどね」
「あれ? その、絶対、だよね?」
「どうしても嫌になればどこか別の国に嫁ぐわよ」
心の中で、さくらが、と付け足しておく。さくらが苦笑したのが分かった。
それを聞いたレイは目を大きく見開き、身を乗り出してきた。
「あ、あの! もしそうなら! クラビレスに……!」
「お兄様に勝ってから言いなさい」
「う……。が、がんばる……」
気落ちしたようにレイは項垂れてしまった。その様子を見て、リリアは思わず笑ってしまう。釣られるように、レイも小さく微笑んだ。
壁|w・)他国に嫁ごうとしたら王様が全力で止めてきそうですね。
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ではでは。




