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寮の自室にたどり着いたのは昼過ぎだった。特にすることもないので、今日一日は部屋に引き籠もろうと思う。さくらも反対しなかったのでアリサにその旨を伝えると、すぐに紅茶と菓子の用意をしてくれた。
「せっかくだし、今日は三人でゆっくりしましょう。シンシア。下りてきなさい」
天井へと声を掛けると、シンシアが下りてきた。アリサがすぐに追加の紅茶を用意する。
「失礼します」
アリサとシンシアが言って、リリアの向かい側に座った。二人共大人しく座ってくれはしたが、やはり落ち着かないようではある。動きがどこかぎこちなく、表情も硬い。あまり気にしても仕方がないので、リリアはそれ以上は何も言わずに紅茶を飲む。
「あの、リリア様」
シンシアが口を開き、リリアがシンシアを見る。緊張した面持ちのまま、シンシアが言った。
「リリア様は精霊が見えると聞いたのですが、本当なのですか?」
聞かれて、そう言えば二人には言っていなかったと思い出した。誰かから聞いているだろうとは思うが、リリアが自分の口で伝えることはまだしていない。見ると、アリサもこちらをじっと見つめていた。彼女もやはり気になるらしい。
リリアはシンシアの肩を見る。小さな鳥がその肩にとまっていた。一見しただけではただの鳥だと思ってしまいそうだが、他の二人がその鳥に気づいていないことから、これも精霊の一種だと分かる。だが念のため、聞いておくことにした。
「シンシア。貴方の肩に何か見える?」
「肩、ですか?」
シンシアが首を傾げ、自分の両肩をそれぞれ見た。アリサもシンシアと自分の両肩を見る。二人そろって首を振ると、リリアは笑みを零した。
「精霊が乗っているわよ」
シンシアがぎょっと目を剥き、再び肩を確認する。だが当然ながら見ることはできないようで、困惑したまま固まってしまった。もっとも、見えたところで精霊をはたき落とすわけにもいかず、やはり固まっていただろうが。
部屋を見渡すと、他にも精霊が浮いていた。数は六。何をするでもなく、漂っているだけだ。
――精霊ってこんなにいるものなのね。
屋敷でも自室では多くの精霊を見ることができた。気づかなかった自分に仕方がないと分かっていても呆れてしまう。
――本来ならこんなにいないよ。
――あら。そうなの?
――うん。どの子もリリアを見に来てるだけじゃないかな。
え、と視線を上げてみる。浮いている精霊の一つと目が合った。小人の姿をしたその精霊は楽しげに微笑むと、何も見ていなかったかのように視線を逸らしてまた漂い始めた。
「やはり見えていらっしゃるのですね」
アリサの声にリリアが視線を下げる。アリサは真剣な表情でリリアを見つめていた。
「リリア様は魔導師になるのですね」
「そうね……。そうなるでしょうね」
王から直接言われていることでもある。避けることはできない。他にも選択肢があれば良かったのだが、こればかりはどうしようもない。
「私たちは……。このまま仕えていてもいいのでしょうか?」
アリサの問いに、リリアは首を傾げた。何故そんなことを聞くのかと。アリサは言いにくそうに口ごもり、代わりにシンシアが口を開いた。
「魔導師となるなら、私たちよりも優秀な方を雇う機会もあるはずです。王城で働く方を雇うこともできますし」
魔導師が使用人を雇う場合は、それらの費用は王家が負うことになっている。これは平民から魔導師となった者への救済措置とも言える。使用人を雇う場合は、王城で働く者を雇うこともできるため、最初から能力の高い者を雇うことも当然できる。そのため、貴族出身であっても改めて雇う者も多いそうだ。
二人はリリアがそうするかもしれない、と危惧しているのだろう。リリアはため息をつくと、二人を睨んだ。
「アリサ。シンシア」
名を呼ばれ、二人が怯えたように体を震わせる。それを見ながら、リリアが続ける。
「私は貴方たちを手放すつもりはないわよ。それとも、貴方たちが私の元を去りたいのかしら」
「そんなことはありません!」
二人が同時に叫び、リリアは満足そうに微笑んだ。
「それならいいわ。今後ともよろしくね」
二人へと笑顔を向けると、そろって安堵のため息をつき、笑顔になった。
翌日。リリアが教室に顔を出すと、一斉に教室中から視線を感じた。静まり返る教室を見渡し、リリアは肩をすくめて自分の席へと歩いて行く。
「リリアーヌ様」
途中でクリスが声をかけてきた。クリスの方へと視線を向けると、彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
「もう戻ってこないかと思いましたよ。お帰りなさいませ、リリアーヌ様」
「あら。貴方にとっては戻ってこない方が良かったでしょう? 私がいると愛する殿下が一番になれないものね」
「そんなこと思っていませんよ」
二人で冷たい笑顔を交わし合う。誰もがリリアとクリスの二人から距離を取っていた。
――なんでまだ演技を続けるかな……。もういいんじゃない?
――今更やめられないわよ。
クリスと笑顔を交わし、そのまま自分の席へと向かう。席に座ると、セーラたちが集まってきた。嬉しそうな笑顔のセーラたちに、リリアは思わず苦笑してしまった。
「元気そうね」
短くそう言うと、セーラたちが瞳を潤ませて言う。
「リリアーヌ様も……。王城へと連れて行かれたと聞かされた時は、本当にどうなることかと思いました」
「大げさね」
そこまで心配することかと思ってしまうが、それほど悪い気はしない。周囲へと視線を投げれば、何人かはこちらの視線に気づき、嬉しそうな笑顔を見せた。今までにないクラスメイトの反応に、リリアは目を丸くしてしまった。
「リリアーヌ様!」
セーラの声にはっと我に返る。そんなリリアへと、セーラが言う。
「リリアーヌ様は魔導師となるのですよね」
一体どこから情報を仕入れてきているのか。思わず頬を引きつらせながらも首肯すると、セーラが顔を輝かせた。
「では! 是非とも私をリリアーヌ様のメイドに! 卒業までにメイドの仕事を覚えますから!」
「残念だけれど、もう使用人は決めて……」
「人数の制限はありませんよね?」
にっこりと笑うセーラの笑顔を見て、リリアは頭を抱えたくなった。確かに人数に制限はない。制限はないが、だからといってあまりリリアと近しい者を増やしたくはない。さくらが苦労することになる。
――ん? そう?
――私とさくらとだと、性格が違うでしょう。増えると誤魔化しづらくなるわよ。
――ああ、まあ確かに……。でもどう考えても誤魔化し続けるのは無理だからね……。
――それでも、可能性は少ない方がいいでしょう。
――ん……。そうだね。
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ではでは。




