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いすに座り、ティナからもらった方のぬいぐるみを抱く。その触り心地のよい頭を撫でながら、さて、と考え始めた。
――具体的に何をしましょうか。
――やりたいこと、会いたい人、食べたいもの、何でもしよう。
――そうね……。それじゃあ、まずは……。
――まずは?
わくわくと、楽しげな様子で聞いてくるさくらに、リリアは笑顔で言った。
――寝るわよ。
――なんで!?
――あら。たまには昼寝もいいかと思ったのだけど。余裕がある時にしておかないと。
――いや、うん。リリアがしたいなら、いいよ……。って、せめて着替えようよ! そのままベッドはだめだよ! アリサー! シンシアー! 君たちのご主人様が馬鹿になってるよー!
さくらの声を聞き流しながら、リリアはそのままベッドに横になった。
当然ながら母には呆れられ、アリサには怒られることになり、起床後に後悔したことは言うまでも無い。
「私が悪かったから、いい加減機嫌を直しなさい」
「怒ってなんていません」
「怒っているでしょう……」
夜。食堂に向かいながら、リリアはため息をついた。制服のままベッドで眠ってしまったことでアリサに怒られてから、ずっとどこか不機嫌そうだ。
「アリサは、ずっと心配していたのに自分には会いに来てくれずに午睡を優先させられて拗ねているんですよ」
アリサの少し後ろを歩くシンシアがそう教えてくれる。当然ながらアリサにも聞こえているために、アリサは顔を真っ赤にして、シンシア、と叫んでいた。
「ごめんなさい、アリサ。シンシアも。心配させてしまっていたわね。それなのに会いに行かなくて」
「あ、いえ……。そういう、つもりでは……」
アリサが恥ずかしそうに俯き、自分にまで振られるとは思っていなかったシンシアが目を丸くする。リリアはそんな二人へと笑顔で言った。
「しばらくはここでゆっくりするつもりよ。貴方たちは私と一緒に来てくれるわね?」
二人は一瞬唖然とした後、もちろんです、と笑顔で頷いた。リリアも頷き、食堂へとまた歩き始める。
「今後ともよろしくね、二人とも」
それは小さな声での呟きだったが、二人ともしっかりと聞き取り、はい、と同時に返事をした。
二人を伴い食堂に入ると同時に、誰かに抱きつかれた。少し驚きはしたが予想の範囲内だ。リリアは小さくため息をつくと、その体を、テオを片手で引きはがした。
「おかえりなさい、お姉様!」
テオが屈託無く笑い、リリアも頷いて応える。
「ええ。ただいま、テオ。元気そうね」
「はい!」
テオの元気な声を聞いていると、リリアも気分が良くなってくる。そのまま部屋を見回し、すぐにすでに自分の席についている兄を見つけた。兄は見られていることに気が付くと、わずかに口の端を持ち上げた。
「元気そうだな。心配して損した。いや、心配などしていないが」
そう言って冷たく笑う。王城にいた時に兄が憤っていたのは、他の貴族の態度にだったのだろう。分かっていたことではあるので、申し訳ありません、と頭を下げた。途端に兄が狼狽したような表情を見せ、リリアは小さく首を傾げた。
「お兄様はお姉様のことをずっと心配していました。それこそご飯が食べられないぐらいに」
「テオ! 余計なことを言うな!」
ごめんなさい、とテオが笑いながら言って、兄は舌打ちをした。
――え? 本当に? お兄様が私を心配していたの? あり得ないでしょう。
――いやいや。お兄さんは結構リリアのことを想ってくれてるよ。お礼、言っておこうね。
さくらにそう言われても簡単に信じることなどできるはずもない。リリアは怪訝そうにしながらも、すぐにその表情を消して笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます、お兄様」
リリアがそう言うと、兄は言葉に詰まり、そっぽを向いた。
――あれは?
――恥ずかしがってるだけだと思います。
――ふうん……。そういうことにしておきましょう。
今更兄と不仲になる必要もない。それなら都合の良いように解釈してもいいだろう。リリアはそう結論づけながら、自分の席に座った。
「くく……。さて、そろそろいいな」
すでに席についていた父が言って、リリアは頷く。手を組み、祈りを捧げて夕食を食べ始めた。
夕食後。食後の紅茶を飲みながら一息ついていると、母がこちらを見ていることに気が付いた。それもじっと見ているのではなく、何かを聞きたそうに、ちらちらとこちらの表情を窺っているようだ。普段と違うその態度に違和感を覚えながら、リリアは母へと言った。
「お母様。どうなさいました?」
見ていることを気づかれているとは思っていなかったのだろう、母がぎょっと目を剥き、視線を彷徨わせる。本当にどうしたのだろうかと心配になってきたが、すぐに父が笑いながら言った。
「アーシャ。聞けばいいだろう。娘に遠慮してどうする」
「ですが……。ええ、そうですね。リリア。聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」
魔導師である母が聞きたいことなど限られている。リリアは姿勢を正すと、母へと向き直った。
「ここに、何か見える?」
母が自分の肩の辺りを指差す。普通なら、何もない、と答えるだろう。だが、リリアには見えてしまっている。質素な服を着た小人の姿が。
「小人、ですね。精霊ですか?」
リリアがそう聞くと、母は驚きに目を瞠り、ゆっくりとため息をついた。
「本当に見えているのですね……。いつからなの?」
「それは……」
正直に言ってしまえば、今朝だ。だがそれを言ってしまえば、さくらがリリアの体で行ったことに矛盾が出てきてしまう。いつ頃と答えるべきか。
――一年前でいいと思うよ。
さくらの声を聞いて、リリアはすぐに答えた。一年前です、と。
「一年前……。となると、きっかけは殿下との、あれ、かしら?」
婚約破棄だとはっきり言わないのはリリアに気を遣っているからか。リリアは口を挟まずに、母の様子を見守った。
「アーシャ。精霊が見えなかった者が見えることになる、なんてことが本当にあるのか?」
「過去にもいくつか前例があります。当時の報告書では、それぞれに何か大きなことがあった、とだけ記されているわ。それが何かは今はもう分からないけれど、心が揺れ動くような大きなこと、なのでしょうね」
母がリリアを見て、リリアはそっと視線を逸らした。正解かと聞かれても、リリアには答えることはできない。さくらなら何か知っているのかもしれないが。
――ごめん。知らない。
――は?
――リリアが見えるようになったのは、私が原因だから。
怪訝そうに眉をひそめる。だがいくら考えていてもリリアに原因など分かるはずもない。
「リリア。どうした?」
兄の声に、はっと我に返った。何でも無いと伝えるために笑顔を浮かべると、兄が疑わしげにリリアを見つめてくる。すぐに父へと視線を戻し、言った。
「父上。リリアは疲れているようです」
「そうか。無理をさせてしまったな、リリア。先に部屋に戻りなさい」
本当はそれほど疲れてはいないが、素直に従い自室へと戻った。
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ではでは。




