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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
3学年

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「ところで聞きたいことがあるのだけど」


 さくらが少しだけ驚いた様子だったが、なに、と促してくる。


「ここに来た時、光とか音とか、そういったものがない場所にいたのだけど、あれはなに?」

「うわ……。あれ、体験しちゃったの?」


 さくらが同情するような視線を向けてくる。リリアは頬を引きつらせながら、答えを待つ。


「あれもリリアの精神世界、だよ。今回は私が無理矢理体を使っちゃったから、心は眠ってるけど意識はある、みたいな状態にでもなったのかな」

「ふうん……。特に心配する必要はないのね?」

「うん。大丈夫。リリアの心がおかしいわけじゃないよ。リリアがおかしいのは性格だけだから」

「いい度胸ね?」

「冗談です」


 やれやれ、とリリアが首を振り、次の話を、と思ったところで先ほどのさくらの言葉が引っかかった。心が眠っていると、リリアの精神世界は闇に閉ざされるらしい。それならば。


「さくら。貴方もしかして、毎晩、あそこにいるの?」


 さくらへと問うと、勢いよく顔を逸らした。明確な答えになっているそれに、リリアは顔を青ざめさせた。


「さくら……。聞きたいのだけど、貴方が私の体を使っていた時間は、どれぐらいなの?」

「え? えっと……。一時間と少し、かな」


 一時間。たったそれだけの時間で、リリアは自分の心が壊れそうになるのを感じていた。この場所に戻ってきた時は心底安堵したものだ。


「私が夜に寝ている間は、ここはあの状態なのね?」


 今度はさくらは何も答えなかった。それが答えだと、すぐに分かる。リリアは頭を抱えてため息をついた。

 あの闇の世界に、たった一人で、毎日何時間もいる。想像するだけでリリアはどうにかなってしまいそうだ。リリアには耐えることなどできそうもない。思い出すだけで、恐怖に体が震えてしまう。


「ごめんなさい……。気づかなくて……」


 リリアが声を絞り出すと、さくらがこちらへと視線を戻し、


「いや別にリリアのせいじゃ……。って、なんで泣くの!?」


 驚いたようなさくらの声。何故、と聞かれても理由など分からない。出てくるものは止められない。


「ああ、もう……。リリアも十分泣き虫だよね」


 さくらは苦笑しつつもリリアを抱きしめ、よしよし、と頭を撫でてくる。抵抗したくなったが、意外と心地良いのでされるがままになる。さくらが嫌がらないのも分かる気がした。


「リリアは気にしなくていいからね。私に気を遣う必要なんてないから、夜はちゃんと眠るように。分かった?」

「ええ……。分かったわ」


 リリアがどう言おうとも、さくらが納得しないのは分かりきっている。渋々といった様子でリリアが頷くと、さくらは優しげに微笑んだ。


「他には何か聞きたいことはある?」


 リリアは涙を拭くと、少し考えて、言う。


「貴方が外で何をしてきたか、聞きましょうか」

「うぐ……」


 さくらはしばらく唸り、やがて弱々しく頷いた。




「精霊が見えるようになる魔法陣? それで証言してもらって解決?」

「うんうん」

「何をしているのよ貴方は!」

「うひゃあ!」


 リリアの雷に、さくらが可愛らしい悲鳴を上げて飛び退いた。その場に座り、リリアへと姿勢を正す。


「貴方、自分が何をしたか分かっているの? その魔法陣、とても危険なものとして見られているわよ。それがあれば、不正なんていくらでも暴けてしまうもの。必要悪のいくつかすらも潰されてしまうわ」

「うあ……。考えてなかった……」


 呆然とした様子のさくらに、リリアは思わずこめかみを押さえ、ため息をついていた。さくらが慌てたように叫ぶ。


「でもでも! ああでもしないと、リリアの罪になるじゃない! 私はそれだけは絶対に嫌だったんだよ!」

「ええ、そうね……。それは、感謝するわよ……。でも、他にやりようはなかったの? 殿下やグレン様に、先に見せておく、とか……」

「考えようとも思わなかったね!」


 堂々と言い切るさくらに、リリアは重たいため息をついた。だがさくらが言うように、さくらのおかげで罪を負う必要はなくなった。そのことには素直に感謝しておくべきだろう。ただ、今後のことを考えるととても面倒ではあるが。


「私は精霊が見えないのだけど、どう説明するの?」

「あ、それは多分大丈夫。出れば分かるよ」


 飄々としたさくらの言葉にリリアは怪訝そうに眉をひそめながらも、まあいいわ、と流すことにした。

 だいたいの話を聞き終えた。故に。先延ばしにすることもできなくなった。


「さくら。知っているなら答えてもらえる?」


 リリアが真剣な目で言うと、さくらも改めて姿勢を正した。リリアが続ける。


「人は死ぬとどうなるの?」

「私の世界だと分からないけど……。この世界の話だよね」


 当然だとリリアが頷くと、さくらは少し考えるように視線を彷徨わせ、まあいいか、と頷いた。


「この世界では輪廻転生。記憶とかまっさらになって新しい命として生まれる、らしい。この世界に来る時にもらった知識ではそうなってたよ」

「へえ……」

「内緒だよ。他の人には絶対に言わないでね」

「分かってるわよ」


 そうなると、自分も以前は別の人生を送っていたのだろうか。実感が湧かないが、さくらを信じるならばそういうことなのだろう。


「さくらもそうなるの?」


 リリアの問いに、さくらは首を振った。


「消えるんじゃないかな」

「は?」

「冬月さくらはこの世界には元々いなかった存在だから。生まれ変わるとかもないと思う。元の世界に帰ることになるとも思えないし、消えるんじゃないかな」


 多分だけどね、とさくらが肩をすくめ、リリアは呆然としてしまった。


「消えるって、具体的にどうなるの……?」

「さあ? どうなるんだろうね」


 さくらは楽しげに笑う。自分のことだと分かっているのだろうか。それとも、分かっているからこそ笑っているのだろうか。

 リリアは小さくため息をついた。


「さくらは私の体が欲しいのよね」

「え? あ、えっと……」


 急にこの話に戻されると思っていなかったのか、さくらが狼狽えて視線を彷徨わせる。リリアはその様子をおかしそうに眺めながら、仕方ないわね、と苦笑した。


「いいわよ。私の体、貴方にあげる」


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