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「私はそんな手紙を出した覚えはありませんが……」
「だが実際に提出されている。偽造でないかも確認済みだ。故に、裏で指示を出していたのではと疑われている」
それが事実ならば、状況は芳しくないだろう。最初に疑われていた時は状況から見てリリアが最も疑わしいという理由であったが、今回はリリアに覚えはないが証拠として出されているものがある。王はともかく、他の者が納得しないだろう。
――むう……。
さくらが不満そうに唸るが、こればかりは仕方のないことだ。リリアは小さく肩をすくめ、その後は無言で王子の後を追った。
そうして案内されたのは、一階の部屋だった。年末の夜会の会場になった部屋だ。部屋の扉の両脇には兵士が控えており、王子の姿を認めるとすぐに跪いた。
「リリアーヌを連れてきた。通せ」
「畏まりました」
片方の兵士が立ち上がり、扉を開ける。すぐに王子が入り、リリアもそれに続いた。
部屋の中は異様な雰囲気となっていた。部屋の中央にいるのはフリジアであり、入ってきたリリアを見て嬉しそうに破顔した。その奥には王が腕を組み、静かに目を閉じていた。部屋の周囲には貴族が並ぶ。部屋の装飾さえ整えれば謁見の間と言われても驚かない顔ぶれだった。
「陛下。リリアーヌ・アルディスを連れて参りました」
王子が言って、王が目を開けて頷いた。
「リリアーヌはここへ。フリジア、お前は少し離れていろ」
「畏まりました」
フリジアが丁寧に頭を下げ、控えていた兵士に連れられて部屋の隅へと移動する。リリアは王子に促され、王の目の前に立った。すぐに跪き、頭を垂れる。王は小さく頷き、口を開いた。
「このような部屋に呼び出してすまないな。話はどこまで聞いている?」
「概ね全て。フリジアが、アルディスの刻印入りの手紙をお渡ししたと聞いております」
「よろしい。手紙には、王子の心を取り戻すためティナの排除を依頼する、という内容が書かれていた。申し開きはあるか?」
「私にはそのような手紙を出した覚えがございません」
「そんなはずはありません。私はリリアーヌ様からお手紙を頂きました。お手紙そのものが証拠でしょう?」
リリアの言葉の直後にフリジアが言って、王がフリジアを睨んだ。許可無く発言するな、ということだろう。だがそのすぐ後には、王がわずかに表情を歪めた。周囲を横目で見てみると、父や母も激情を抑えているかのように表情を歪めている。王と両親にも手はないらしく、リリア自身に何かを期待していたのかもしれない。
――どうしようもないわね。
――…………。
さくらも無言だ。さくらにも、もうどうすることもできないのかもしれない。最終手段、と以前言っていたが、あれも今となっては使えないのだろう。
「他には、ないか?」
王の言葉にリリアが頷くと、王はゆっくりと息を吐き出した。そして続ける。
「本来なら罪を認め、その上で罰を受けてもらうことが望ましいのだが、知らないと言い張るなら仕方ないだろう」
そこまで言って、王は言葉を句切った。何かを考えるようにしばらくわずかに視線を泳がして、再び口を開いた。
「お前がフリジアに指示を出していたのなら、それは許しがたいことだ。他人を前に出し罪を押しつけ、自分は安全な場所に隠れているなど、許せるはずもない」
だが、と王はリリアを真っ直ぐに見据えた。リリアもその瞳を見つめ返す。
「国の多くの民がお前に温情を求めている。それを考慮して、お前は精霊様に監視してもらうこととする」
つまりは、精霊の監視だ。想像していたものよりずっと軽く、リリアは安堵のため息をついた。今後の生活に不安は残るが、ここからまたやり直せばいい。後ろ指を指され続けることになるが、そんなものは無視すればいい。以前と同じように、さくらと共にやり直そう。
そう思ったが、しかし、
――なにそれ。
ぞくりと。肌が粟立った。
――さくら?
――うん。分かる。どうしようもないよね。どうやってか知らないけど、フリジアは刻印入りのお手紙を手に入れたんだから。それを覆すのは難しいよね。
でも。
――ふざけるな。
今まででは聞いたこともないような、冷たく暗い声だった。さくらの感情の向く先はリリアではない。そう分かっていても、蒼白になり、体が震えてしまう。王や周囲はそれを先ほどの言葉のせいだと勘違いしているようで、どこか哀れみを感じる視線を向けてきている。
だが違う。そうではない。リリアは初めて、さくらに恐怖を覚えている。
――リリアはずっとがんばってきた。他でもない私が認める。もちろんまだまだ改善するべきところはあるかもしれないけど、それでも十分すぎるほどがんばった。
さくらの声から熱が消え、冷たく、氷のような言葉になっていく。
――リリアの努力の否定は許さない。リリアのこれからの人生に泥をぬるようなことは、絶対に認めない。
だから。
――リリア。体、借りるよ。
「え……?」
その直後、リリアは暗い、深淵の中へと引きずり込まれた。
・・・・・
王は呆然とそれを見つめていた。
リリアは諦めて、精霊の監視を受けるものだと思っていた。王であっても、ここまで減刑することが精一杯だ。無罪放免としてしまえば、他の貴族に示しがつかなくなってしまう。それ故に、最低限の罰だけで済ませるつもりだった。リリアもそれを分かっており、受けるものと思っていた。
だがリリアは突然顔を青ざめさせ、震えだした。分かっていてもやはり認めたくなく、怖いのだろう。そう思っていた。だが。
何だこれは。
王は、呼吸をするのも忘れ、それを見ていた。
体の震えが収まったリリアは、ゆっくりと立ち上がり、そして。
笑顔を浮かべた。
「……っ!」
アルディスの一部の女、といってもアーシャとリリアだけだが、この二人の笑顔にはかなりの威圧感がある。多くの者が怖れ、避けようとする笑顔であり、王であっても突然向けられれば一歩後退ってしまいそうになるほどのものだ。
だが、この笑顔は、今までのものとは全く別のものだった。威圧感などといった生易しいものではなく。明確な敵意、いや、殺意の籠もったものだ。背筋が寒くなり、ここから逃げ出したくなる衝動を必死に堪える。
これは本当に、リリアーヌなのか。
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ではでは。




