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少しだけ名残惜しく思いながらも、リリアはテーブルに並べられたものに視線を移す。そこには様々な菓子が並んでいた。どれもがさくらが欲しいと話し、リリアがアリサに買いに行かせたものだ。
――さくら。どうなの?
――うん。間違いないよ。ばっちり!
リリアは小さく頷くと、アリサへと視線を向けた。
「問題ないわ。ありがとう、アリサ」
「いえ、そんな……。いつでもお申し付けください」
アリサが深く頭を下げて、リリアは思わず苦笑した。
アリサが窓の外に見える桜へと目を向ける。ほう、と感嘆のため息をついた。
「あれが桜、なのですね。とても綺麗です……」
うっとりとしたアリサの声に、リリアは自然と頬が緩んだ。暗い世界で気に入ったこの花をアリサも好きになってくれたようで、とても嬉しく思う。
「これで散らなければと思うわね」
「え? 散るって……。そんなに早くですか?」
驚くアリサにリリアは苦笑する。この国では決して有名な花というわけではない。知らなければ確かに驚くだろう。リリアもさくらから聞いた時は驚いたものだ。
「そうよ。毎年、短い期間だけ咲くのよ。しっかりと見ておきなさい」
「はい。そうします」
アリサが頷き、桜を凝視する。そこまでしなくても、とは思うが、気持ちが分からないわけでもない。リリアも桜へと視線を戻し、満足そうに目を細めた。
――すぐに散るからこそ、価値があるのかもしれないけどね。
さくらの言葉に、リリアは首を傾げた。
――そう?
――人によっては、だよ。ほら、すぐに散ってしまうと思うと、儚げに見えない? 私みたいに!
――寝言は寝てから言いなさい。
――ひどい。あ、お団子は夜に食べようね。お庭で桜を見ながら。
何か理由があるのかは分からないが、リリアはその言葉に頷いた。
夜。リリアは夕食を控えめに済まし、暗くなってから屋敷の外に出た。アリサとシンシアも一緒で、それぞれ団子などの菓子を持っている。屋敷のメイドも二人ついてきており、彼女たちにはそれぞれ小さなテーブルといすを運んでもらっていた。
それらを桜の木の下に置いてもらい、シンシアがテーブルに菓子を並べ、アリサはリリアの指示に従って桜の木の周りに魔法陣が描かれた紙を並べていく。魔法陣が柔らかい光を発して、桜を照らし出した。
「へえ……」
照らし出された桜を見て、リリアは感嘆のため息をついた。昼の桜も綺麗だったが、こうして夜の中で照らし出されている桜もまた違った趣がある。リリアは満足げに微笑み、いすに座った。
――さくら。どう?
忘れそうになってしまうが、これはさくらへの誕生日の贈り物だ。さくらが喜ばなければ意味はない。もっとも、昼の反応から不安には思っていないが。
――綺麗だね……。うん。すっごく綺麗。
さくらも気に入ってくれたらしい。一先ず胸を撫で下ろし、アリサたちへと視線を向けた。すぐに彼女たちは一礼して去って行く。一人で見たい、というリリアの言葉に素直に従ってくれている。有り難いことだ、と思える。もっとも、シンシアだけはすぐ側のどこかにいるらしいが。
リリアはテーブルの上の団子を手に取り、口に入れる。味わいながら、桜を見る。自然と頬が緩むが、今は誰も見ていないので気にすることもない。
さくらの反応が少ないが、機嫌良く鼻歌を歌っているので楽しんでもらえてはいるようだ。時折次の団子、と催促してくるので、促されるままに団子を食べ続けている。
――はあ……。ここでお花見できるとは思ってなかったから、すごく幸せ……。
お花見、というものがどういうものかは分からないが、さくらが幸せそうで何よりだ。
――歌の方も期待しておくわ。
――え!? お、おー……。プレッシャーがすごいよ……。
しばらくさくらは悩むように唸っていたが、やがてまあいいかと桜を楽しみ始めた。リリアも夜の桜を楽しみながら、さくらの歌に耳を傾けた。
自室で就寝したリリアは、暗い世界の桜の木の前に立っていた。現実の桜も綺麗だと思ったが、こちらの桜はそれよりも幻想的に見える。同じ桜であるはずなのだが、何が違うのだろうか。
「リリア。こっちこっち」
背後からのさくらの声に振り返ると、さくらは少しだけ離れた場所に座っていた。隣を手で叩いている。ここに座れ、ということなのだろう。リリアが頷いてさくらの隣に腰を下ろすと、さくらは入れ替わるように桜の木の下に移動した。
「さくら。一日早いと思うのだけど」
「日付なんてすぐに変わるよ」
それもそうか、とリリアは頷き、それ以上は何も言わなかった。
「ではでは! 一番! さくら! 歌います!」
「二番以降は?」
「そこ! 余計な茶々はいらない! のりが大事なんだよ!」
わざとらしく頬を膨らませるさくら。リリアは肩をすくめ、ごめんなさいと謝罪しておいた。
「それじゃあ、改めて……」
さくらがゆっくりと息を吸う。そうして口を開き、
「…………」
そのまま閉じた。
「さくら?」
呼びかけると、さくらは困ったような笑顔で言った。
「すっごく緊張する……」
少し前に鼻歌とはいえ何度も歌っていたくせに何を今更、と心の片隅で思いながら、リリアは小さくため息をついた。リリアの贈り物は父に準備してもらったものだ。リリアには何も言うことはできない。少しだけ考えて、それじゃあ、と口を開いた。
「あとで褒めてあげるわ。撫でてあげる」
「む。私はそこまで子供じゃないし犬でもないよ!」
「あら。必要ないのね」
「いる。がんばる」
どっちだと苦笑しながら、リリアは早くしなさいと促す。さくらは頷くと、息を吸い、今度こそ声を発した。
約束通りと言うべきか、今まで聞いたことのない歌だ。その歌声に耳を傾けながら、リリアは目を閉じた。改めて聞くと、さくらの歌声はとても綺麗に澄んでいる。心地良い歌声に耳を傾け、ふと歌詞の内容に眉をひそめた。
郷愁の歌だ。
リリアはさくらのことを未だに知らないままだ。さくらの言動からこの国とは違う遠い場所から来たことは分かるが、それでもどこから来たかは未だに分からない。桜の木に思い入れがあるところからそれに関係する場所だとは思うが、それだけでは候補がまだ多い。今までの言動も考えると、思い当たる国は存在しなくなってしまう。
さくらが続けて二曲、三曲と歌っていく。どれも知らない歌だが、やはり郷愁の歌が多いようだ。少しだけ、胸が締め付けられるように苦しくなった。
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ではでは。




