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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
3学年

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 翌日。朝食を終えたリリアは、紅茶を少しずつ飲みながら考え始める。さくらに贈るものについてだ。それに気づいたさくらが苦笑しつつ言った。


 ――だから気にしなくていいよ。リリアの誕生日についても私が勝手にやることだから。

 ――私が納得できないと言っているでしょう。


 聞いていなければ、リリアもこれほど気にはしなかっただろう。だが聞いてしまった以上、何もしないというわけにもいかない。

 食べ物、という考えが一瞬よぎるが、しかしすぐに首を振った。確かにさくらは美味しいものに目がないという印象はあるが、さくらの好物はよく与えているため特別なものとならない。


 ――なんかすごく失礼な言われ方をされた気がする!

 ――気のせいよ。


 さくらの文句を軽く流しながら、リリアはさくらのいる暗い世界を思い浮かべた。さくらが持っているものを再現すればどうだろうか。例えばあのすまほではどうだろうか。


 ――無理でしょ。


 さくらの即座の言葉に、リリアは思わず苦笑した。確かにあれはリリアでは、というよりもこの世界では再現できないだろう。仕組みが何一つとして分からない。もしかするとリリアではない誰かなら似たようなものを作ることができる可能性もあるが、リリア自身が説明できる気がしない。

 他に何かないだろうか。例えば、さくらの服だ。あれならリリアの学園の制服を使えば、手に入る、かもしれない。


 ――作ってくれる人がいるの? 家族を頼ると間違いなくお父さんとお兄さんが黙っていないと思うけど。多分、すごく面倒なことになるよ。


 いまいち意味が分からずに首を傾げると、愛されてるってことだよ、とさくらは笑った。ともかくこの案もさくらは反対らしい。別の何かを考えなければならない。


 ――そう言えばさくら、貴方は花は好きなのよね?

 ――え? うん。好きだよ。

 ――ならこれでいいわね。

 ――え? えっと……。本気?


 リリアは一度頷くと、シンシアを呼んだ。すぐにシンシアが目の前に下りてくる。跪きこちらへと頭を下げているシンシアに、リリアは言った。


「屋敷に行ってもらえる? お父様に早めにお会いしたいことを伝えてほしいのだけど」

「畏まりました。用件は何を?」

「それはお父様に直接お話しします」


 シンシアはすぐに頷くと、その場を後にした。




 その日の夕方。リリアはテーブルで頭を抱えていた。リリアの対面には父が笑顔で座っている。忙しいはずの人が娘に呼ばれただけで仕事を放り出してくるのはいかがなものかと思う。だが今回は有り難いとも思えるので、何も言わないでおくことにした。


「さて、用件を聞こうか」


 父の言葉に、リリアは真剣な表情で頷いた。


「実は、どうしても欲しいものがあります」


 父は眉をひそめると、無言で先を促してくる。リリアが続ける。


「お父様は桜という花はご存知ですか?」

「ああ。知っている。それがどうした?」

「その木が欲しいのです」


 さすがに予想外だったのか、父が目を剥き、固まってしまった。視界の端では、アリサも目を丸くして息を呑んでいる。それほど意外かと腹立たしくも感じるが、確かに宝石や装飾品を求めていた頃を考えると正気を疑われてもおかしくないかもしれない。

 リリアがじっと父を見ていると、ようやく父が我に返り、あからさまな咳払いをした。


「手に入れることは可能だ。だが、本当にそんなものが欲しいのか?」

「はい。お願いします」


 そう言って、リリアは頭を下げた。父は戸惑いの表情を浮かべていたが、やがて微苦笑して、仕方がないと頷いた。


「リリアがそこまで言うなら、その程度のものは用意しよう。屋敷の庭でいいな?」

「はい。今月中にお願いします」

「また無茶な……。まあ、いいだろう。楽しみにしておくといい」


 そう言い残して、父は部屋を出て行った。父が出て行った扉が完全に閉まってから、リリアはゆっくりと息を吐き出した。


 ――桜の木にしたけれど、いいわね?


 今更ながらさくら自身には確認していないことに気がついた。さくらから反対はされなかったので問題はないと思うのだが、しかしさくらからの返答がない。少し不安になりながらもさくらの名を呼ぶと、ようやく返答があった。


 ――うん……。ありがとう、リリア。すごく嬉しい。楽しみ。

 ――そう。喜んでもらえたのならいいのだけど。


 ただこれはリリアからの贈り物とはあまり言えないだろう。結局は父にお願いという形を取ってしまったのだから。父は何も言わなかったが、父にはいつか必要になった金額を返そうと思う。受け取ってもらえるかは分からないが。


 ――でもその前に試験があるよね。勉強しないと。


 リリアは頷き、さくらに促されるままに、勉強のために寝室に向かった。




 驚いたことに、父に桜の木をお願いして一週間後には、桜の木が届けられたと連絡があった。リリアの部屋の窓から見える場所に植えたらしい。花はまだ咲いていないそうだが、リリアの誕生日の前後なら綺麗に咲いている桜を見ることができるだろう、とのことだった。


 ――わくわくだよ! 楽しみだよ!


 その報告を受けた時から、さくらはいつも以上に元気だ。桜の花を見ることがとても楽しみらしい。暗い世界で見ているだろうと思うのだが、さくら曰くそれはそれ、これはこれ、とのことだった。


 ――リリアリリア。お団子買って行こうね。お花見しようお花見。あ、でもお酒はだめだよ、リリアにはまだ早いから。あとはあとは……。

 ――落ち着きなさい。一応試験前よ。


 いつもなら、試験中はいつも静かにしているさくらだが、今は喜びや楽しみが勝ってしまっているらしく、試験直前だというのに騒がしい。静かになってくれるのか不安になる。


 ――大丈夫だよ。ちゃんと静かにするよ。あ、三色団子はやっぱり欲しいよね。

 ――まったく……。


 呆れ果ててため息をついたリリアだが、笑顔は隠せていなかった。

 結果として、試験中はさくらは本当に静かにしていた。終わると同時に、今まで以上に騒がしくなったが。




 翌日の答案返却では、リリアはいつも通りの順位だった。王子が続き、クリスは三位とのことだ。王子に関してはよく分からないが、クリスは勉強の成果が出たと言えるだろう。


「ところでリリアーヌ。アルディス公爵に桜の木が欲しいと言っていたそうだが、本当か?」


 順位について何も言わないと思ったらこの言葉だ。この王子はどこからそんな情報を仕入れているのか。頬が引きつりそうになるのを堪え、笑顔を貼り付けて頷いた。


「ええ。本当です。先日屋敷に届いたと連絡がありました。そろそろ花も咲き始める頃でしょう」

「そうか。是非とも一度見てみたいな。ティナと見に行くのか?」

「いいえ。今回は私一人で見に行きます」


 さくらのことは言えるはずがないのでそう答えたのだが、その答えが意外だったのか王子は一瞬だけ目を瞠った。何かを聞こうと王子が口を開き、しかしリリアが先に言った。


「私も一人になりたい時があるのです。察していただきたいのですが」

「む……。そうか。余計なことを聞いてしまったな。忘れてほしい」


 王子は申し訳なさそうに眉尻を下げると、自分の席に戻っていく。周囲の生徒がこのやり取りを見ていたことにこの王子は気づいているのだろうか。自分の席に戻った王子は、早速クリスに何かを言われていた。

 リリアが呆れたように嘆息すると、すぐ側から忍び笑いが聞こえてきた。振り返ると、教師が顔を背けて体を震わせていた。リリアがじっと半眼で睨み付けると、すぐにそれに気づいたようで教師は姿勢を正す。だが堪え切れておらず、まだ震えていた。


「く、く……。アルディス、いつものことだが先に戻っていてもいいぞ」

「はい。では失礼させていただきます」


 この教師には何を言っても無駄だろう。リリアは早々に諦めて、教室を後にした。


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ではでは。

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