164
「どこでそんなことを覚えたの!?」
「さくらから」
「え? うそ。リリアの教育の仕方を間違えた!」
「教育って……。間違ってはいないのかもしれないけど……」
否定したくとも、確かにさくらがしていたことは教育と言える。あまり考えたくなく、その考えを頭から追い出した。
「ところでリリア。楽しかった?」
よいしょ、と立ち上がったさくらが問うてくる。何を、とは聞かなくても分かる。リリアは頷いて笑顔で言った。
「そうね。楽しかったわ。平民や下級貴族の夜会は初めてだったから」
「あはは。まあ、ケイティンとか何も言わなかったけど、上級貴族の取引のある商家主催だともう少し違うものになるはずだけどね」
学園主催とはいえ参加する者は平民や平民よりの下級貴族ばかりだから。さくらのその説明に、リリアは納得したように頷いた。
さくらと共に桜の木の下に移動する。リリアがその場に腰を下ろすと、すぐに背中に重みを感じた。首に回された手を叩きながらリリアが抗議しても、さくらは止めようとはしなかった。
「あったかい」
さくらの声に、リリアは小さくため息をついた。
「質問の続きだけど」
その体勢のままさくらが言う。リリアは諦めて先を促した。
「今までの生活と比べて、どう?」
今まで、というのは一年前に引き籠もる前のことを言いたいのだろう。リリアは少し考えて、答える。
「あの頃とは違った見え方がして、楽しいわよ。もう後戻りできないと実感してしまうけれど」
「後悔してる? 平民の人や下級貴族との付き合いが増えることになって」
「していないわよ。確かに前までの方が気楽だったけれど、あのままだと知らないことばかりになっていたし。それに、ティナたちとこうして付き合うことなんてできなかったでしょうしね」
それなら良かった、とさくらは満足そうに笑った。どこか寂しげなその笑顔に違和感を覚えるが、すぐにいつもの笑顔に戻ったのでただの気のせいだろう。
「じゃあ夜会も楽しめたし! 次はお誕生日だね! 四月一日だからもうすぐでしょ?」
「もうすぐ、だけど……。どうして知っているのよ」
わずかに頬を引きつらせるリリアに、さくらは意味深な笑顔を見せた。
「リリアのことは何でも知ってるよ?」
「気持ち悪い」
「ひどい!」
冗談よ、と首元に回されたさくらの手を軽く叩くと、ならいいけどとさくらはリリアから離れた。
「とにかく! お誕生日会をやろう! みんなを部屋に呼んで、ケーキを食べて……」
「寮に入っている間は誰もそんなことはしないわよ」
え、と呆けるさくらに、リリアは半眼を向けた。
「いろいろともらったりお祝いを言われたりはするけど、そんなお祝いの集まりなんてないわよ」
「そ、そんな……」
その場に膝をつき、項垂れてしまう。どうやらさくらは祝いの集まりを楽しみにしていたらしい。少しだけかわいそうだと思うが、こればかりは仕方の無いことだ。
「去年何もしなかったのだから、それぐらい察しがつくでしょうに」
「だって……」
さくらはまだ何かを言おうとしていたが、突然何かを思いついたように勢いよく体を起こした。そして満面の笑顔を浮かべる。とても嫌な予感がするのは何故だろう。
「じゃあここでやろう!」
さくらの言葉にリリアが眉をひそめる。それに気づいているだろうが、さくらは構わずに続ける。
「食べ物とかは用意できないけど、こう、なんか、うん。何かしよう!」
「抽象的過ぎるわよ」
リリアがそう言っても、どうやらさくらはやる気らしい。すまほの操作を始めて、何かないかなとぶつぶつと呟き始める。もう何を言っても無駄だろう。リリアは諦めてその場に座り直した。
「あ、リリア。誕生日は何か欲しい? 私が用意できるものは形にできないけど」
それは意味があるのだろうか。怪訝に思いながらも、リリアは言った。
「歌でもお願いしようかしら。聞いたことがない歌がいいわね」
「あいあいさー。がんばるよ! がんばって歌うよ!」
「き、期待しておくわ」
数日前のティナの勢いはさくらに似ていると思ったが、そんなことはなかったと思い直した。さくらの方が意味が分からない。勢いが良すぎてついていくことができない。今も一通りの宣言を終えると、またすまほへと視線を戻している。
「そう言えば、さくらの誕生日はいつなの?」
少しでも話題を逸らそうと思い聞いた結果、返ってきた答えは、
「三月三十日」
リリアの誕生日の、前日だった。
「ちょっと、私と一日違いじゃない、それ以前にもうすぐじゃないの! 先に言いなさいよ!」
リリアが叫ぶが、さくらは顔を上げて首を傾げた。
「前日じゃないよ? 三十一日があるじゃない」
「は? ないわよ、そんなもの」
「え?」
さくらは首を傾げ、すぐにすまほを操作し始めた。それをしばらく見守っていると、さくらが、あー、と意味の無い音を発した。
「一ヶ月は三十日で統一、一年は三百六十日、なんだね」
「何を今更そんなことを言っているのよ」
そんなことは子供でも知っていることだ。しかしさくらは曖昧に笑っただけでそれ以上は何も言わなかった。
「うん。まあ、リリアの前日になるのかな。でも、私の誕生日こそ教えても意味がないよね?」
「それは、そうだけど……」
リリアが現実で何かを用意しても、さくらはそれを受け取ることができない。さくらと違いリリアは歌などの技術も決して高くはないため、それを贈るということもできない。リリアが唸り始めると、さくらは悲しげに、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「私は気持ちだけでいいよ。リリアがお祝いしようとしてくれるだけで嬉しい」
「それだと私が納得できないわよ……」
せめて、さくらの喜ぶことをしたい。考えるように唸り始めたリリアをさくらはしばらく眺めた後、
「そろそろ休んだ方がいいと思うよ」
さくらのその言葉に、リリアははっと我に返った。未だ答えは出ていないが、確かにこれ以上は明日に響くかもしれない。
「当日までに考えておくから」
リリアはそう言って桜の木から離れる。そして眠りに落ちる直前にふと振り返ってみれば、さくらは泣きそうな表情でこちらを見ていた。
そんな、気がした。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




