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――リリア。怖いよ。
――あら。ごめんなさい。
さくらに指摘されて、リリアはすぐに表情を消した。セーラへと言う。
「続きを聞きましょう」
セーラが泣きそうに顔を歪めた。だが途中で止めることもやはりできなかったようで、セーラが続ける。
「卒業後はどうなさるのですか?」
リリアは思わず目を瞬かせた。まさかセーラにまで聞かれるとは思っていなかったことだ。どうして、と思うがすぐに理解した。多くの者は将来について真剣に悩み、考えている中、リリアはいつも通りに生活している。単純にリリアのことを心配してくれているのだろう。
「まだ考えているところよ。セーラはどうするの?」
「私ですか? リリアーヌ様の予定に合わせて私も決めるつもりなので、まだ何も言えません」
私はリリアーヌ様のものですから。そうセーラが締めくくり、リリアは小さく首を傾げた。しばらく考えて、ああ、と思い出した。
――そんなこと言っていたわね。
――忘れちゃいけないことだと思うんだけど。
さくらの呆れ半分の声を聞きながら、リリアはセーラへと向き直る。少し考えて、言った。
「別に私のことは気にしなくてもいいわよ」
「え……? 私はもう、必要ありませんか?」
泣きそうな顔になるセーラに、リリアは呆れたようなため息をついた。そんなわけがないでしょう、と。
「貴方に手伝ってほしいことがあれば呼ぶわよ。もちろん、いつでも来てくれるわね?」
「はい! お任せください! どんな重要な仕事だろうと放り出して駆けつけます!」
「そこまでは必要ないわよ……」
セーラの忠誠心が重すぎる。リリアは頬を引きつらせながら、挨拶をしてくるから、とその場を後にした。
そのまま真っ直ぐ王子とクリスの元へと向かう。二人はすぐにリリアに気づき、笑顔を見せた。
「お招きいただきありがとうございます」
リリアがそう言って頭を下げると、王子はゆっくりと頷いた。隣のクリスが笑顔で言う。
「お越しいただきありがとうございます、リリアーヌ様。ゆっくりと食事とお話をお楽しみください」
「はい。お気遣いいただきありがとうございます」
クリスに対しても丁寧に対応すると、クリスが驚いたように目を丸くした。どこか悲しげに目を伏せる。何も言いはしなかったが、考えていることは察しがついた。
「結婚すれば貴方は私よりも上になるわよ。今のうちに慣れなさい」
小声でそう言うと、クリスは分かっていますと頷いた。それでも、と続ける。
「急に距離を置かれた気がして、とても悲しくなりました」
「今更でしょう」
リリアが苦笑すると、クリスも、そうなのですけど、と眉尻を下げた。
「殿下。クリスのことをよろしくお願い致しますね」
「保護者のような言い方だな」
おかしそうに王子が笑い、しかしリリアは真剣な表情で王子を睨む。睨まれた王子はすぐに頬を引きつらせて身構えた。
「クリスが私に泣きついてくるようなことがあれば許しませんよ」
「あ、ああ……。肝に銘じておこう」
少しばかり顔色を悪くしながらも、王子はしっかりと頷いた。リリアも満足そうに頷き、クリスへと向き直る。小さく首を傾げると、どうかしましたか、とクリスも首を傾げた。
「らしくないわね、クリス。貴方が私に弱音を吐くなんて」
弱音、というほどではないかもしれないが、クリスはリリアに対して弱みを見せることなどまずないと言っていい。ましてや、リリアに対して距離を置かれた気がしたなど言うとは思わなかった。リリアに指摘されてクリスもようやく気づいたようで、クリス自身が不思議そうにしていた。
「どうして、でしょうか?」
「私に聞かれても困るのだけど」
小さくため息をつき、すぐに表情を引き締めた。王子とクリスへと頭を下げ
る。
「それでは私は失礼させていただきます」
そう言って、その場を離れる。踵を返す前に、クリスが口を開いた。
「リリアーヌ様。まだ学校にはいらっしゃいますよね?」
問いの意味が分からずにリリアは怪訝そうに眉をひそめた。その表情を見て、クリスはすぐに、何でもありませんと首を振った。
「申し訳ありません。お気になさらないでください」
お気をつけて、と頭を下げるクリスに見送られて、リリアはその場を後にした。
クリスの最後の問い。それが少しだけ頭に残ってしまう。何故クリスは、突然そんなことを聞いてきたのだろうか。
――リリア。もうお部屋に帰ろうよ。
さくらがそう言ったことにリリアは少し驚いてしまう。さくらなら、ここの料理を食べたいと言うと思っていたのだが。だがさくらが帰りたいと思うなら、それに従おう。正直リリアとしても、ここに長居をする意味はない。王子とクリス、そしてセーラには挨拶できたのだから、これ以上ここにいてもリリアにとって得なことは少ない。
そう判断して会場の出口へと向かい始めたところで、
「リリアーヌ様」
すぐ横から声をかけられ、思わず息を呑んでしまった。慌てて振り返ると、見覚えのある女生徒がリリアを無表情に見つめていた。
「何か用かしら、フリジア」
リリアが問うてもフリジアは何も答えず、ただ静かにリリアを見つめてくる。リリアが少しずつ苛立ちを覚え始めた頃になって、ようやくフリジアは口を開いた。
「殿下のことは残念でしたね」
「何が残念なのかしら」
唐突な言葉にリリアが眉をしかめる。しかしフリジアはその視線を受けても表情を変えずに、それどころか興味深そうに目を細めていた。
「やはり殿下が原因なのですね」
「は? 何を言っているのよ」
「何でもありません。こちらのことです」
失礼致します、とフリジアが立ち去っていく。リリアは少しばかり胸騒ぎを覚えながらも、その場を後にして自室へと戻った。
次の週末には学園主催の夜会が待っている。最初こそ乗り気ではなかったが、ティナに出席することを伝えるととても喜ばれ、リリアではなくティナが楽しみにするようになっていた。こうなってしまうと参加を取りやめることなどできるはずもない。
「アイラとケイティンにも伝えてあるから! がんばって、歓迎するから!」
「余計なことはしなくていいわよ!」
時折この友人の行動が全く読めない。まるでさくらを相手にしているかのようだ。
――どういう意味かな!?
――そのままの意味よ。
ティナにはリリアが出席することを広めないようにしっかりと言っておいたが、どこまで守ってくれるだろうか。不服そうにしながらも約束してくれたので大丈夫だと思いたい。
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ではでは。




