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「ティナはどうなのよ」
話を逸らすためにティナへと問い返したのだが、
「ちょっと、気になってる人はいるかな」
「へえ。聞いてもいい?」
「内緒。でもリリアの知ってる人だよ」
呆けたように口を開けるリリアにティナは笑顔を見せ、またね、と言って駆けていった。気づけば二階のエントランスだ。リリアは周囲の視線が自分に集まりつつあることを感じて、すぐに三階へと上り始めた。
――だれ?
――いや、私に聞かれても……。
どうやらさくらも知らないらしい。残念そうにリリアはため息をついた。
――きっとそのうち教えてくれるよ。
――それもそうね。お祝いの準備だけしておきましょう。
さくらと言葉を交わしながら、自室へと戻る。
――教えて、もらえるかな。
さくらの寂しげな呟きに首を傾げたが、深くは気にしなかった。
三学年が始まって一ヶ月ほどが経った頃。夕食を終えて自室で寛いでいると、夜会の招待状が届けられた。それも二通だ。一つは王家主催のものであり、もう一つは学園主催のものになっている。日付は王家主催のものが来週で、学園主催はその翌週となっていた。
学園主催のものに上級貴族はほとんど出席しない。そのためそちらは欠席しようと思ったが、さくらから待ったの声がかかった。意外に思いながらもさくらへと問う。
――どうしたの? いつも欠席していても何も言わないでしょう。
学園主催の夜会の招待状は今回が初めてではない。ただ今まで一度たりとも出席したことはなかった。理由はいくつかある。平民や下級貴族ばかりの夜会に上級貴族が出席すると悪目立ちしてしまうためであり、そしてもう一つ、上級貴族がいると他の者が楽しめないためだ。後者の理由は以前さくらに指摘されたことであり、なるほどと納得できた。
それらの理由から今回も欠席のつもりであり、さくらからもそうするように言われると思っていたのだが。
――たまには出席してみようよ。もちろんあのいかにもなドレスじゃなくて、ティナからもらったワンピースで。
――それは少し遠慮したいところなのだけど。必要なの?
正直、あまり気は進まない。さくらが必要だと言うならば行くつもりではあるが、それでもやはり行きたくはないというのが本音だ。それが分かっているのだろう、さくらは残念そうに首を振ったようだった。
――必要というわけでもないよ。私が見てみたいだけ。
――そう……。
リリアは目を閉じ、考える。南側の店の人が言うには、あのワンピース姿であってもリリアを上級貴族と見ていたらしい。さすがに公爵家とは思わなかったようだが、上級貴族であることには変わりが無い。学園主催の夜会であっても同様に見られると思った方がいいだろう。
もっとも、それ以前にリリアの顔を知っている者が多いのだから、この程度の変装に意味などないだろうが。
――隠れる必要もないと思うけど。というより、食堂にも行ってることを考えれば今更じゃないかな。
確かにそうかもしれない。今もティナに誘われれば、平民や下級貴族が集まる食堂で食事を取っている。この夜会に出席する者もほぼ同じということを考えれば、食堂の延長線だと言えなくもない。無論、少しばかり無理矢理な考え方ではある。だがそれでも、言い訳程度にはなるだろう。
――分かったわ。行きましょうか。
――さすがリリア!
それだけでとても嬉しそうにするさくらにリリアは笑みを零しながら、招待状をアリサに返した。
「両方とも出席するわ。返事を出しておいてもらえる?」
それを聞いたアリサが驚きに目を瞠る。しかしすぐに表情を引き締めると、畏まりましたと頷いて踵を返した。
――楽しみだね。
――面倒なだけじゃない。
――むむ! そんなことないと思うよ! 楽しもうよ!
不満そうに言うさくらにリリアは苦笑しつつ、努力するわと頷いた。
王家主催の夜会に出席するのは上級貴族ばかりだ。リリアはドレスに着替えると、アリサと共に会場に向かった。場所は学園の敷地にある広場だ。その広場の入口には兵士が数人立ち、出入りする者を一人ずつ確認していた。どの兵士も、どこかで見覚えのある顔ばかりだ。
――夜会のたびにここにいる兵士さんたちだね。全員分の顔を覚えてそう。
――それが理由ではないの?
入る前に手続きをするが、それは最初だけだ。使用人たちは毎回面倒な手続きをしているようだが、貴族に関しては顔を確認するだけで通している。全員の顔を覚えているのだろう。夜会担当って空しいね、というさくらの声に少しだけ同意しながら、リリアは兵士たちの元へと歩いた。
手続きを済ませ、アリサと別れて会場に入る。多くのテーブルが並べられ、豪華な料理が所狭しと並んでいた。それを見ながら手は出さず、周囲の様子を確認する。来たからには挨拶しなければならない相手、王子とクリスの場所を確認して、そちらへと向かう。
「リリアーヌ様!」
リリアに気が付いたセーラがこちらへと歩いてきた。側まで来て、恭しく一礼する。
「セーラ。お友達はいいの?」
「ちょうどお話が区切りの良いところでしたので、大丈夫ですよ。それに……」
セーラが振り向く先、何人かのクラスメイトがリリアの前に集まっていた。誰もがリリアへと頭を下げる。一人一人に挨拶を返し、ようやく散らばっていく者たちへとため息をついた。
「正直、面倒ね」
小さく呟いたのだが、セーラには聞こえてしまったらしい。セーラは申し訳なさそうに眉尻を下げてしまった。
「申し訳ありません、リリアーヌ様」
「別に貴方を責めているわけではないわよ。彼らの中にも、仕方なく挨拶をしている人はいるでしょうし」
「そんなことありません!」
セーラの大きな声に、リリアは眉をひそめた。慌てたように、セーラが頭を下げる。
「申し訳ありません、リリアーヌ様」
「別に、私は構わないけれど……」
そっと周囲の様子を窺ってみれば、興味深そうにこちらを見ている者が何人かいた。念のためにその者たちの顔を覚え、セーラへと向き直る。セーラは未だに恐縮しきりで頭を下げていた。
「構わないと言っているでしょう」
リリアがもう一度言うと、セーラはおずおずといった様子で顔を上げた。リリアの顔を見て、小さく安堵のため息をついた。
「あの、リリアーヌ様」
どこか不安げな様子で呼びかけてくるセーラへと、リリアは首を傾げる。セーラは緊張した面持ちのまま、続けた。
「一つ、大変失礼だとは思いますがお伺いしたいことがあります」
わざわざ前置きをすることに怪訝に思いながらも、リリアは頷いて先を促した。
「殿下はクリステル様と婚約なさったそうですが、リリアーヌ様は……」
リリアの目がわずかに細められ、セーラはひっと短い悲鳴を上げた。
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ではでは。




