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「四人だけの茶会になってしまったが、むしろそれで良かったのだろうな。先ほども言ったようにここにいるのは私たちだけだ。形式的なものは必要ない。茶と菓子を楽しんでほしい」
そう言って、王子がクリスへと目配せする。クリスは頷くと、テーブルに置かれた菓子を口に入れ、続いて紅茶を飲んだ。それを見てから、リリアも早速とばかりに菓子に手を伸ばす。一口サイズのクッキーで、口に入れるとほんのりとした甘さが広がった。
――美味しい! さすが王子様、いいもの食べてるね!
――そうね。どこの菓子かしら。
――後で聞いてみようよ。
頷きながら、隣のティナを見る。ティナもクッキーを口に入れ、目を見開いていた。すぐに次の一枚を口に入れ、幸せそうに頬を緩めた。
「気に入ってもらえたようで何よりだ」
笑いを堪えているような王子の声に、ティナははっと我に返り、頬を染めて俯いてしまった、
――むむ。かわいいかもしれない。リリア、真似して。
――私が? 本気で言っているの?
――ん……。ごめん。想像したら気持ち悪かった。
――それはそれで腹が立つのだけど。
さくらと軽口を交わしながらティナと王子の様子を窺う。よく見てみれば、王子の表情にはわずかに緊張の色があった。ティナは最初から緊張一色だが。
しばらくは無言の時間が流れる。リリアとクリスはクッキーを食べながら視線を交わし、しかし何も言わずに見守ることにした。
王子が紅茶を飲み干し、カップをテーブルに置く。少しだけ大きな音が立ち、ティナはびくりと体を震わせた。
「ティナ……。少し話がある」
「はい……。何でしょうか」
王子は小さく息を吸ってから、話を始めた。今までの行いの謝罪をして、クリスとの婚約の話をする。全て聞き終えたティナは、戸惑いの表情を浮かべリリアを見た。
「えっと……」
「正直に言いなさい」
王子が首を傾げ、ティナは苦笑いしつつ言った。
「申し訳ありません、殿下。婚約の話は、実は知っているんです」
「は……?」
「ちなみにレイが話したのだと思うわ」
リリアの言葉に、王子は凍り付き、そして大きなため息をついた。天を仰ぎ、乾いた笑いを漏らした。
「はは……。そうか、知っていたのか……。私の緊張は一体……」
「間抜けですね」
「そうだな。否定しない」
自嘲気味に笑う王子と、笑いを堪えているのか頬がわずかに動いているクリス。ティナはどうしていいか分からないようでおろおろとしていたが、やがて関わることを諦めてリリアに向き直った。
「リリアに聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
自分に問いが向けられるとは思っておらず、リリアは眉をひそめながらも頷いた。
「あの時は聞けなかったけど……。リリアはこれで良かったの?」
ティナの問いの意味が分からずに首を傾げる。
「どういうこと?」
「だって、最初に婚約していたのはリリアだったし……」
「貴方が気にすることではないと思うのだけど」
リリアが呆れたようなため息をつくと、ティナは何が不満だったのか小さく頬を膨らませた。
「気にするよ。友達の大事なことなのに」
「え? あ、うん……。そう? そうなの?」
リリアの口角がわずかに持ち上がる。その様子を不思議そうに三人が見て、リリアは咳払いをして誤魔化した。
――ティナが友達だって言うのは初めてじゃないのに。いつになれば慣れるの?
――うるさいわよ。
――ちなみに私は親友だと思ってるよ!
――ふうん。
――流された!
改めてティナへと視線を向けると、ティナはどこか不安そうにリリアを見つめていた。そのティナへと、リリアが言う。
「気にしなくていいわよ。私は殿下のことは嫌いだから」
「私の目の前でよく言えるな」
王子が苦笑して、リリアはそれを一瞥しただけで特に何も言わず、ティナへと続ける。
「とにかく、私のことはいいのよ。ティナはどうなの?」
ティナは不思議そうに首を傾げた。本当に意味が分からないといった様子だ。
「ずっと殿下に言い寄られていたでしょう」
「もう少し言い方に気を遣ってほしいのだが……」
王子の頬がわずかに引きつるが、リリアにとっては知ったことではない。これでもかなり考慮した表現のつもりだ。それを聞いたティナは、それでもまだ首を傾げていた。
「ただの気の迷いでしょ?」
王子が凍り付いた。そのまま力無く項垂れて、さすがに見かねたのかその王子の肩をクリスが優しく叩く。だがさすがというべきか、王子はすぐに気を取り直すと、ティナへと向き直った。
「そうだな。そう思ってくれて構わない。できれば、今後とも、時折でいい。こうして小さな茶会を催すから、参加してはもらえないか?」
ここでもう会わないようにした方が王子のためだとは思うが、さすがに割り切ることはできないのかもしれない。そう思ったのだが、
「私たちと時折でも直接会っておけば、リリアとティナが会っていても二人に対しては誰も何も言わないだろう。煩わしいことはこちらで引き受ける」
リリアがわずかに目を見開き、クリスを見る。クリスも目を丸くして、リリアを見て首を振った。クリスの提案ではないらしい。
「はい……。ありがとうございます、殿下」
王子の言いたいことが伝わったのだろう、ティナは丁寧に頭を下げた。
その後はもう少しだけ会話とお茶を楽しみ、解散することになった。リリアとティナの二人が先に部屋を後にする。王子とクリスは少し時間を置いて出るとのことだった。ここに来た時と同じように、寮のメイドと共に寮の一階へと戻った。
メイドはそこで一礼すると、本来の仕事に戻っていく。リリアとティナは二人で階段へと歩く。
「私はてっきり、リリアと殿下がもう一度婚約すると思ってたんだけどね」
ティナの言葉に、リリアが首を振った。
「考えたくもないわ」
「そうなの? 他に好きな人がいるとか?」
「いないわね」
「あ、即答なんだ……。あ、はは……」
ティナの苦笑いの意味が分からずリリアが首を傾げると、ティナは何でも無いよ、と首を振った。
――さすがにちょっと哀れというべきか、何というべきか……。
――ティナといいさくらといい、何なのよ。
――いやあ、さすがにかわいそうだなと思っただけだよ。気にしないで。
本当に意味が分からない。二人は何を言いたいのだろうか。
いや、実を言えば、察しはつく。ただ今はまだ考えられないだけだ。
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ではでは。




