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自室で着替えを済ませ、テーブルについて待つ。すでにアリサは戻ってきており、リリアに紅茶を出してくれている。部屋の隅にポットなどが用意され、いつでも出す準備はできているようだ。
しばらくして、扉がノックされた。アリサが扉へと向かい、すぐにリリアへと振り返った。
「クリステル様です」
「通してあげて」
部屋の扉が開かれ、メイドと共にクリスが入り、リリアへと頭を下げた。リリアが対面の席を示すと、すぐに頷いてそちらへと向かう。
「失礼致します」
小さく頭を下げて、その席に座った。
「用件を聞きましょうか」
リリアがそう言うと、クリスはわずかに目を瞠り、苦笑した。
「クリス。挨拶はいらないでしょう?」
リリアとクリスの二人なら。言外にそういった意味を込めたのだが、どうやらクリスは正しく理解したようだ。そうですね、と頷き、リリアへと言った。
「少し、報告と相談したいことがあります」
リリアがわずかに目を細め、クリスの表情を窺う。クリスもじっとリリアの目を見ていた。その真剣な表情から、あまり人に聞かれていい話題ではないと判断してアリサへと目配せする。アリサもすぐに理解したようで、控えていた他のメイドたちを連れて部屋を退出していった。
――いいの? 一人ぐらい残すものじゃないの?
――クリスなら構わないわ。
もうしばらく待ち、物音が聞こえなくなるまで待ってから、リリアは嘆息した。
「密偵も含めて誰もいなくなったわよ。これでいいかしら」
「ええ。ありがと。助かるわ」
クリスが肩の力を抜き、息を吐き出した。その様子を見つめていると、さくらが少しばかり驚いている気配が伝わってきた。
――誰この人。
――誰って……。ああ。そう言えばさくらは、クリスの素は初めて見るのね。
――ああ、なるほど。こんなに違うものなんだね。
リリアは真似しないの、と聞いてくるさくらに、リリアは面倒くさいからしない、と首を振った。さくらの笑い声を聞きながら、改めてクリスを見据える。クリスは目を閉じ、何かを考え込んでいるようだった。
「クリス」
クリスが目を開け、リリアを見る。クリスが自分に相談することを考え、真っ先に思い浮かぶことを口に出した。
「殿下のことかしら?」
クリスが大きく目を見開いた。どうやら正解だったらしい。クリスはため息をつきながら頷いた。
「婚約することになりそうだという話をしたと思うけど」
クリスの言葉にリリアが頷く。それを確認してから、クリスが続ける。
「正式決定したわ。殿下には明日、お話しすることになる」
リリアの眉がわずかに動いた。そういった話があるとは聞いていたが、意外に早く決まったものだと思う。だが、そのように早く決めて大丈夫なのだろうか。王子のティナに対する想いは未だに強いままなのだが。
そのことを言ってみると、クリスは困ったような笑顔を浮かべた。
「私も会ってその場で納得してもらえるなんて楽観視はしてない。年末の夜会までに間に合わせればいいのよ」
「それでも厳しいでしょう。あの殿下がそう簡単に納得するとは思えないのだけど」
それを聞いたクリスも、簡単ではないでしょうね、と頷きながら認めた。でも、とすぐに表情を引き締め、続ける。
「殿下も決して理解力が乏しいわけではないのだから、しっかりと説明をすれば分かっていただけるはずよ」
「苦労しそうね。貴方はそれでいいの?」
これを受けてしまえば、破棄されるということはもうないだろう。リリアの時ですらそれの後処理に追われたと聞く。なら同じことは避けるために、婚約を認めればもう後戻りはできなくなるはずだ。
「正直なところ、私の理想とはまるで違うからね。貴方が殿下と結ばれて、私が貴方たちを助ける、それが理想だったのだけど。でも、リリアと殿下を見ていればそれはもうあり得ないことだとは理解できるから」
「そういった意味ではないのだけど」
リリアが目を細めてクリスを睨み付ける。クリスはわずかに息を呑んだが、すぐに平静を装い、笑顔を向けた。
「リリアーヌ様がお気になさることではありません」
突き放すような言葉だった。リリアはそれでもクリスを見つめていたが、やがて小さくため息をついた。自分が何を言っても無駄だろう。クリスが王子のことをどう思っているかは分からないが、今のクリスが自分の意見を変えるとは思えない。リリアは、分かったと頷いた。
「それで? 今日の用件は報告だけ?」
クリスは報告と相談、と言っていたはずだ。つまりは相談は別にあるということだろう。クリスは悩むようにしばらく黙り込んだが、やがてため息をともに吐き出した。
「その、ですね……。リリアは殿下に勉強を教えに行くのよね?」
「…………。そうね」
――忘れてたよね?
――忘れていたわ。どうでもよすぎて。
――こらこら。
さくらの苦笑を聞きながら、リリアは考える。王子と相談していた時に決めた日は明日だ。クリスも明日王子と会いに行くというのだから、予定を変更するべきだろうか。
そこまで考えて、リリアは首を振った。それを考えるのは後でもいいだろう。先を促すようにクリスへと視線を投げると、クリスは緊張した面持ちで言った。
「私も同席して構いませんか?」
そんなことを頼まれるとは思っていなかったので、リリアは唖然として動きを止めてしまった。クリスが続ける。
「殿下の婚約者となる以上、もう少し成績が欲しいと思いまして……」
「別に構わないけど……。順位は?」
「五位、ですよ」
十分だろう、と思うのと同時に、少しばかり意外にも思った。クリスのことだから三位だと思っていたのだ。だが三位以下はよく入れ替わると聞いているので、間が悪かっただけかもしれない。
どうしようか、と考える。王子に教えるだけでも負担になることは間違いない。その上でクリスも同時となると、本当に面倒に思えてしまう。
――リリア。教えてあげたら?
さくらが言って、リリアは少し意外に思い眉根を寄せた。
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ではでは。




