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「リリア! よく戻った!」
食堂に入った瞬間、父が両手を広げて待ち構えていた。思わず頬を引きつらせ、少しだけ身を引いて問う。
「お父様。それは、何を求めているのでしょうか?」
「感動の再会だぞ? 熱い抱擁を……」
「はあ……。そうですか……」
ため息をつき、父を見る。笑顔を浮かべる必要もない。ただただ静かに見据える。それだけで父は顔を青ざめさせた。
「リリア……。その、冷たい目で見つめるのは止めてほしいのだが……」
「あら。これは失礼致しました」
リリアが笑顔で言う。しかし父に近づこうとはしない。やがて父は大きなため息をつくと、とぼとぼと自分の席に向かった。そのすぐ後を、笑っているのか母が口元を隠しながら続く。その様子を自分の席で見ていた兄は、やれやれと首を振っていた。
「お姉様! こちらへどうぞ!」
すでに席についているテオに促されて、テオの隣に座る。テオの向こう側にはレイがいて、ぐったりとしていた。どこかで見覚えのある姿だ。
「レイ。どうしたの?」
リリアが聞くと、レイはゆっくりと顔を上げて、力無く微笑んだ。
「訓練……。クロスと。もう疲れた……」
兄へと視線を向けると、苦笑して肩をすくめた。どうやら兄が強制させたわけでもないらしい。物好きだと思うが、体を動かしている方が気を紛らわせられるのかもしれない。
テーブルに料理が並び、リリアは久しぶりの自宅の料理に舌鼓を打った。
学校の期間は前学期と後学期にわかれ、後学期が終わった後の休暇は真冬になる。休暇は二ヶ月あり、その月の切り替わりで年明けとなる。その年の最後の夜には、王城で夜会が催されることになっていた。
夜会といっても、全員で集まって年越しをする、程度のものだ。全員で年明けを迎え、王が挨拶をして終わりだ。出席を強制されることもない。もっとも、王が挨拶などをする場を欠席するような上級貴族はまずいないが。
貴族の子供の場合は、学校に行っていない年ならば参加を禁止され、在学中なら自由となる。つまりは絶対参加だ。
――面倒ね……。
そのことを考えるだけで、少しばかり気が滅入る。ただ集まるだけの場ではあるが、挨拶ばかりされるのは本当に面倒だ。
リリアは自分の部屋でいすに座り、ため息をついた。リリアの膝の上にはぬいぐるみがある。ティナからもらったもので、考え事をする時に抱いていると落ち着くことができた。
――和みだね。和み大事。もふもふ!
――はいはい。もふもふ。
ぬいぐるみを撫でると、さくらが機嫌良く笑う。どうやらさくらはこういった人形がリリアよりも好きらしい。ぬいぐるみを撫でる感触にいつも機嫌良く鼻歌を歌う。さくらにも女の子らしいところがあるのか、と意外に思うところだ。
――あれ? 今何か失礼なことを言われた気がする。
――気のせいよ。
――むう……。まあいいけど。ところでリリア。今回はお父さんにも誘われてるよね?
さくらの問いに、リリアは頷く。年明けの後はすぐに就寝するリリアは知らなかったのだが、父は屋敷に戻った後はささやかなパーティを開いているらしい。数人で集まり、朝まで飲み食いしているらしい。正気の沙汰とは思えない。そう思うために、リリアは乗り気ではなく、今年も王城での夜会が終わり次第、就寝しようと思っている。
――厳しいなあ……。きっと楽しいよ?
――くだらない集まりで夜を明かすぐらいなら少しでも休んだ方がいいと思うのだけど。
――耳が痛い。
さくらは苦笑する。ただ、何となくだが、さくらがとても残念そうにしているような気がした。
――さくら。出たいの?
――ん……。美味しいものが出るよ?
――出たいのね?
――うん。
最初からそう言えばいいのに、とリリアは微笑み、分かったわと頷いた。
――いいわよ。出ましょう。
――いいの?
さくらの意外そうな声に、リリアは笑みを零した。立ち上がり、扉へと向かう。
――遠慮なんてしなくていいわよ。ちゃんと言いなさい。
――うん……。ありがとう、リリア。
嬉しそうなさくらの声に、リリアは満足そうに頷いた。
アルディスの屋敷にいる間、リリアは暇になる。さくらの講義を受けてはいるが、一日中受けることはなくなり、今は午前中だけだ。午後からは庭を散策したりテオと話をしたりとするが、一週間ほどでそれにも飽きてしまった。テオも話題が尽きかけているのか、時折何を話そうか困っている表情も見ている。
――お買い物はちょっと遠いしね。
――そうね……。
店が並ぶ区画へは馬車で行かなければならない。学園の寮と違い、気軽に行ける距離ではない。それでも、やはり行きたいとは思う。前回の休暇で兄と共に行った時は、あまり巡れなかった。
「アリサ。シンシア」
二人の名を呼ぶと、アリサがすぐに目の前に立ち、シンシアが天井から下りてくる。その二人へと、リリアが言う。
「買い物に行きたいのだけど、準備をしてもらえる?」
「買い物、ですか? 何か必要なものがあればこちらで手配致しますが……」
「そんなものないわよ。買い物に行きたいだけ。食べ歩き、ね」
なるほど、と二人が納得したように頷き、わずかに苦笑した。シンシアが姿勢を正す。
「馬車の手配を致します。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「明日でいいわよ。今日は昼食を食べてしまったから、行ってもあまり食べられないわ」
「畏まりました」
シンシアが丁寧に頭を下げて再び天井に消える。リリアはそれを見送ってから、今度はアリサへと視線を投げた。
「お召し物はいかがなさいますか?」
「そうね……。ティナからもらった服でいいわ。陛下から許しは頂いたけれど、念のためにね」
「畏まりました。ご用意しておきます」
アリサが一礼して、クローゼットへと歩いて行く。これで明日は暇にならずに済みそうだ。むしろいつもより午後が楽しみに思えてくる。
――さくら。希望は? 苺大福は買うからそれ以外よ。
――カレーライス! まだ食べてないから、食べたい!
そう言えば、とリリアも思い出した。シンシアからそういった料理があると聞いたが、まだ実際には食べていない。寮にいる間に南側を探してみたが、結局見つけられずにいる。ここにならあるだろうか。
その後もさくらと共に明日の計画を練り、気が付けば夕食の時間になっていた。
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ではでは。