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馬車に乗り、王城へと向かう。この街の、王都の中心付近にあるのでそれほど遠くはない。ただそれでも、王城へ行くことなど一年を通して片手の指に満たない回数だ。少しばかり緊張してしまう。
――リリア。人っていう字を掌に書いて呑み込めば落ち着くらしいよ。
――ごめんなさい。意味が分からないのだけど。
――あー……。そうだよね。ごめんね、忘れて。
落ち着かせるためのおまじない、のようなものでも知っていたのだろう。分かればやってみたいところなのだが。
馬車は王城の門の前で留まる。そのまま女たちに案内されて、王城の中へ。警護をしている兵士たちに挨拶されながら、リリアは内部へと歩いて行く。そうして案内されたのは、大きな扉の前だった。
「そうか、ここか……」
王子の呟きに、リリアが首を傾げる。リリアが王城に来る時は、夜会などに呼ばれた時だけだ。城の造りまでは当然ながら詳しく知らない。
女が扉を音がしない程度に軽く叩くと、扉が開かれて男が一人顔を出した。女が何かを呟くと、男が目を丸くしてリリアを見てくる。男はすぐに頷いて、扉を閉めて部屋の中へと戻っていった。そしてすぐに、再び扉が開かれた。
「どうぞ」
男に促されて、リリアと王子が中に入る。男は王子がいることに心底驚いた様子で、引きつった笑顔を浮かべていた。
部屋の中には大きなテーブルがあり、大勢の知っている顔が席についていた。誰もが上級貴族、それもほとんどが侯爵家以上の者たちだ。リリアの正面には、中年程度の年の男。ただそこに座っているだけだというのに、誰よりも威厳を感じられる。
さすがは国王陛下というべきか。
王はリリアの姿を認めると、柔らかく微笑んだ。
「久しいな。リリアーヌ。元気そうで何よりだ。先に言っておくが、非公式な場だ。形式的な挨拶は必要ない。楽にするといい」
畏まりました、とリリアは頷き、扉を開けた男に案内されて空いている席に向かった。そう言えば、と思い出す。部屋を見渡した限りでは空いている席は一つしかなかったはずだ。王子はどうしたのだろうかとちらりと視線を後ろへと向けると、王子は扉の側のいすに座った。全員の顔が見える場所だ。
――監視、かな? 余計なことはするな、見ているぞ、みたいな。
――それ、意味があるの?
――さあ。
何の意味があるのかと思っていたが、しかし周囲へと視線巡らせれば多くの者が王子の方を気にしていた。一応意味があるらしい。
「さて。いいだろうか」
王の声に、全員が姿勢を正した。
「まずリリアーヌ。ここに呼び出された理由は分かるか?」
「例の噂について、でしょうか」
王の目を真っ直ぐに見て言うと、王は少しだけ嬉しそうにしつつ頷いた。
「そうだ。単刀直入に聞くが、事実で相違ないな?」
「はい。間違いございません」
しっかりと頷いて答えると、何人かが息を呑んだ。所詮は噂程度にしか考えていなかったのかもしれない。その様子を眺めていると、一人の男が手を上げた。
「陛下。発言の許可を」
「許可しよう」
手を上げた男が立ち上がり、リリアを見据える。リリアも男を見る。睨むこともなく、無表情に。
「私が聞いた話では、今回だけでなく何度も南側に行っていたそうですな。目的を聞いても?」
「友人から頂いた菓子がとても美味しく、買い求めに向かいました」
「何故自ら行こうと? 使用人を使えば良かったでしょう」
「彼女たちにも仕事があります。私の我が儘に付き合わせるのは申し訳ないでしょう」
「それが彼らの仕事だと思いますがね」
男が嘲るような笑みを浮かべる。それを向けられたリリアは、弱り切った笑みを浮かべ、言った。
「そうですか。どうやら私とは相容れない考え方のようですね。議論をしても時間の無駄かと思います。止めましょう」
男が眉を吊り上げ、怒鳴ろうと口を開く。しかし、ひっと短い悲鳴を上げ、口を閉ざした。リリアも寒気を覚え、わずかに眉をひそめる。寒気の原因を、王の隣に座る父を見ると、目を細めて立っている男を見据えていた。
「伯爵。今、何を言おうとした?」
父の、アルディス公爵の冷たい声に、男は黙ったまま首を振り、申し訳ありません、と消え入りそうな声で呟いていすに座った。父は男から視線を逸らし、次にリリアを見据える。
「リリアーヌ。仮にも伯爵殿だ。言葉を選びなさい」
「はい。申し訳ございません」
男へと頭を下げると、男は驚いたように目を瞠った。そして慌てたように口を開く。
「いえ。こちらも言葉が過ぎました。申し訳ない」
男が頭を下げる。伯爵本人が頭を下げたことに少しだけ驚きながらも、リリアはもう一度だけ頭を下げた。
――お父さんの方が失礼なこと言ったと思うのは私だけ? 仮にもって。
――この場でそれを本人に言えるのは陛下ぐらいよ。
王は父と男、そしてリリアを順番に見て、誰も口を開こうとしないことを確認してから頷いた。
「もうよいか?」
「はい。失礼致しました、陛下」
王は男に頷くと、リリアへと視線を戻した。
「リリアーヌ。場が場だ。回りくどいことを言うつもりはない。この場にいる者たちはお前に謝罪を求めている」
「謝罪ですか。何に対する謝罪でしょうか」
「言われなくとも分かるだろう!」
父の隣に座っていた男が立ちがり、叫んだ。発言の許可を求めなくていいのかと疑問に思うが、誰も何も言わない。男が続けて叫ぶ。
「上級貴族であるにも関わらず、平民の区画へと立ち入り、買い物をする。貴族としての誇りはないのか!」
「誇りはありますが、買い物程度で失ってしまうような誇りは持っていません」
「ふん。お前の誇りは所詮その程度なのだろうな。だがこれはお前だけの問題ではない。我ら全員が侮られる要因になる。それが分かっているのか?」
「これで侮られるとは思えませんが」
男が忌々しげにリリアを睨む。リリアは無表情のままその視線を受け止め、首を傾げた。男はまだ何かを叫ぼうとしたようだったが、王が小さく咳払いをして、口を閉ざした。
「まあ、いい。我らもこの件を大きくするつもりはない。こちらで処理してしまえることだ。だが、我らに手間をかけさせた謝罪があってもいいとは思うがな」
なるほど、とリリアは頷いた。確かにこの噂で彼らには迷惑をかけただろう。そういった意味では謝罪をしてもいいとは思う。だがそれでも、リリアは笑顔で言った。お断りします、と。
今ここで謝罪をすれば、南側に行っていたことについても非を認めたことになる。リリアにその気はなくとも、この場にいる連中がそう言い張るだろう。だからこの場で謝罪はしない。自分の我が儘で家族に弱みを作らせるつもりはない。
――それに南側に行けなくなるじゃない。
――大問題だ!
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ではでは。




