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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年後学期

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 リリアは小さくため息をつき、テーブルに戻りいすに座った。紅茶を飲み、ゆっくりと息を吐き出す。


 ――ちょっと緊張した?


 さくらが聞いて、リリアは苦笑しつつ頷いた。


 ――何を言われるのか、身構えていたのだけどね。ほとんど何も言われなくて少し驚いたわ。

 ――良いともだめだとも言われなかったね。お父さんとしても複雑なところなのかな。多分、あの人も南側に行ったことがありそうだし。


 リリアが眉をひそめた。そんな話は初耳だ。そのリリアの思考を察したのだろう、さくらは苦笑して、多分だよ、と言った。


 ――お兄さんが野菜炒めを知ってるぐらいだから、お父さんも可能性はあると思わない?

 ――そうね……。いずれ聞いてみましょうか。


 そんなことをさくらと話し、しばらくしてから授業へと向かった。




 教室に向かう途中や入った時にいつも以上に視線を感じたが、特に何も言われることなくリリアは自分の席についた。今までの視線も決して否定的な視線ではなく、どこか不思議そうな、疑っているような視線ばかりだ。リリアが南側に行っていたことが未だに信じられない者が多いのだろう。

 学園ではやはり何も言われなさそうだ。そう思った矢先だった。


「あの、リリアーヌ様」


 声を掛けられ、そちらへと視線をやる。その顔を見て、眉をひそめた。フリジアがそこにいた。予想していなかった人物であったために内心ではかなり驚いていたのだが、どうにか表情は隠し通せた。


「こんなところで話しかけられるとは思わなかったわ。どうしたの?」


 聞きながら、クリスへと視線をやる。クリスは自分の席で、リリアとフリジアを見て口を開けて凍り付いていた。クリスの取り巻きに声を掛けられ、我に返って笑顔を返す。そうしながらも、クリスはこちらをちらちらと何度も盗み見ていた。


「お聞きしたいことが、あるのですけど……」


 フリジアの声。リリアはフリジアに意識を戻し、無表情に告げる。


「いいわよ。言ってみなさい」

「ありがとうございます。リリアーヌ様が南側に行ったというのは、本当のことですか?」


 まさかフリジアから聞かれるとは思わず、リリアは思わず目を瞠った。


 ――さくら。誤魔化すべきかしら。

 ――リリアらしくないね。リリアが隠す必要があるの?


 さくらに指摘され、それもそうだと頷いた。フリジアに関しては色々な話を聞いてきたのでどうにも接しづらい。リリアはフリジアの目を見て、『笑顔』で言った。


「誰かに聞いたの? 行ったわよ。美味しい菓子があるから今までも何度か行っているわ」


 そう答えると、フリジアは信じられないものを見るかのように目を丸くした。少し震えた声で、フリジアが言う。


「リリアーヌ様……。本気、ですか?」

「質問の意図が分からないのだけど。言っておくけど、私はこの行動を改めるつもりはないわよ。庶民が売るお菓子、本当に美味しいもの」


 フリジアは何も言えず、大きく目を見開き、体は小刻みに震えていた。リリアはその様子を、興味深く観察する。やがてフリジアは大きく息を吐き出すと、ゆっくりと笑顔を浮かべた。

 嘲るような、笑顔だった。


「そうですか。お話、ありがとうございました」


 そう言って、頭を下げる。そしてリリアにだけ聞こえるように小さな声で、


「失望致しました」


 そう、呟いた。


「では、失礼致します」


 顔を上げたフリジアが自分の席へと戻っていく。リリアはそれを黙ったまま見送った。


 ――どう思う?


 フリジアから視線を外し、さくらへと問いかける。さくらは少しだけ考えるように唸った後、言った。


 ――典型的な貴族だね。平民と仲良くするなんてもってのほか、ぐらいは思ってそう。

 ――そうみたいね。失望されてしまったわ。

 ――気にしなくていいよ。それに多分、あの子は……。


 さくらがそこまで言ったところで、教室の扉が開いた。教師と王子が入ってくる。王子は入ってすぐに、わずかに眉をひそめた。リリアとフリジアが会話を始めてから、教室は静まり返っている。人がいるのに静かな教室に違和感でも覚えているのだろう。


「何かあったのか?」


 王子がクリスへと問いかける声も自然とよく聞こえてしまう。クリスはしばらく黙っていたが、やがて小さくため息をついて言った。


「何もありません。殿下はお気になさらずに」


 その後もクリスの口が動いていたが、小声で話しているのかリリアには聞こえなかった。少し気にはなるが、必要なら後ほど聞けばいいだろう。気にしないことにして、教師の方へと視線を向けた。




 昼はいつも通りにサンドイッチを持って図書室の部屋へと向かう。レイはすでに部屋にいて、勉強を始めていた。


「あ、リリア」


 リリアに気づいたレイが笑顔を向けてくる。リリアは軽く挨拶をしてレイの向かい側に座った。サンドイッチを取り出し、早速口に運ぶ。そんなリリアを、レイは笑顔で見つめていた。


「聞いたよ。南側に行っているのがばれたって」

「早いわね。まあ、隠そうとはしていないけれど」

「みたいだね。この後はどうするの? もう行くのはやめるの?」


 レイの静かな問いに、リリアは不思議そうに首を傾げた。


「どうして私がやめないといけないのよ」

「え? じゃあ、続けるの?」


 リリアは鼻を鳴らして、当然だとばかりに頷いた。


「今では私の楽しみなのよ。あそこのお菓子を気に入っている子もいるし、やめないわよ」


 そこまで言って、そうだ、と思いついたことを口にする。


「どうせ知られてしまったのだし、ティナたちと一緒に行ってみようかしら。私がまだ知らない美味しい店を知っているかもしれないし」


 本当にただの思いつきだったのだが、これにはレイではなくさくらが食いついた。大声で言ってくる。


 ――それいいね! 私もさすがに行ってないお店のことは分からないし! 楽しみ!

 ――まだ決まったわけじゃないわよ。


 さくらの喜びように苦笑してしまう。それを見ていたレイが首を傾げていたが、まあいいかと曖昧に笑った。


「あの人ならリリアの誘いなら断らないだろうね。むしろ今日にでも誘いに来るんじゃないかな」

「それはあり得そうね」


 リリアが楽しげに笑うと、レイはそれをしばらく見つめ、苦笑した。


「こうして見ていると、本当に噂って当てにならないよね」

「何が?」

「僕が聞いた噂って、リリアがとてつもなく悪い人って噂だったから」


 レイがいつから留学に来ているのか聞いていないが、おそらくはリリアが引き籠もる前にも話を聞いていたのだろう。リリアは肩をすくめて頷いた。


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ではでは。

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