131
「あ、アルディスせんぱ……」
リアナの声が途中で止まる。レイが怪訝そうにリリアを見て、レイも凍り付いた。
「こんなところで、何を騒いでいるの?」
レイを見て、リアナを見て、次に対面の男子生徒へと目を向ける。男子生徒はひっと短い悲鳴を漏らし、しかしすぐに目に力を込めてリリアを睨み付けてくる。しかしそれも、リリアが目を細めるとすぐに逸らされてしまったが。
「レイ。説明」
「えっと……。リアナたちの壁新聞が勝手に外されたんだ。で、外したのがこの人らしくて」
レイが指差すのは、当然対面の男子生徒だ。男子生徒はびくりと体を震わせ、しかししっかりとリリアを見て言う。
「せ、先生の、指示だから」
「先生の?」
「そうだよ。上級貴族の方も見るかもしれないのに、そんな場所でこんなものは出してはいけないって。俺に、外して持ってこいって」
なるほど、とリリアは頷いた。どうやら今回はこの生徒は言われるままに行動したに過ぎないらしい。ならば何を言っても仕方がないだろう。
「分かった。その先生に直接話すね。案内して」
そう言ったのはリアナだ。驚き振り返ると、リアナはリリアを横目で見て、無表情に言った。
「お騒がせして申し訳ありません、リリアーヌ様。後は私たちで話し合います。どうかこの場は怒りを収めていただきますよう、お願い致します」
リリアは目を見開き絶句する。リアナの言葉は、リリアを拒絶する言葉だ。上級貴族は関わるな、と。アモスたちを見てみても、リアナと同じように無表情にリリアを見ていた。
――気を遣われたね。
さくらの言葉。リリアが不機嫌を隠さずに言う。
――どういうことよ。
――分からない? 簡単だよ。上級貴族が平民に肩入れするなんて、すごく体面が悪いことだよね。
つまりはリリアをこれ以上関わらせないようにするため。さくらがそう締めくくり、リリアは納得すると同時に自嘲気味に笑った。どうしてこの程度のことに気が付かないのか。改めてリアナを見ると、リアナもリリアが察したことに気づいたのだろう、一瞬だけ苦笑いを浮かべた。
「早く案内して」
「あ、ああ」
男子生徒が頷き、寮の外へと歩き始める。リアナたちがそれに続く。
――さくら。どうすればいいの?
リリアが問うと、さくらは答えた。
――任せる。
――任せるって……。
――リリア。ちょっと急になっちゃったけど、決めて。
何を、とリリアが思うのと同時に、さくらが続ける。
――このまま何もせずに貴族の体面を保つ。体面を捨てて、リアナたちと共に行く。もっと分かりやすく言えば、貴族らしい貴族になるか、平民に肩入れする変わり者になるか、だね。
――どちらが正しいの?
――常識で考えれば、前者。貴族は貴族であるべきだね。でも正解なんてないよ。リリアがどうしたいか。どうなりたいか。
どうなりたいかなど、分かるはずもない。ここを卒業してからのことも未だに考えていないのだから。それを考え始めると、おそらく今すぐには答えが出ない。
だが、どうしたいか、なら。そんなことは決まっている。そしてそこから、答えも出る。だからリリアは、リアナたちの方へと足を踏み出した。
――変わり者になるの?
さくらの意外そうな言葉。リリアは無表情に、しかし声は楽しげに、答える。
――どちらでもないわ。
――うん?
――私はやりたいようにやるだけよ。さくら、私は公爵家よ。どうしてその私が、そんな煩わしいことを考えなければならないの?
まるでさくらと出会う前のような言葉だ。しかしそれを聞いたさくらは、どこか嬉しそうな笑い声を上げた。
――やりたいようにやる。いいと思うよ。リリアに任せる。それで、どうするの?
――リアナたちと行くわよ。私が関わったものを勝手に取り下げるなんて、許せないわ。
――うん。それでこそリリアだね!
どうやらさくらも反対はしないらしい。さくらへの答えになっているかは分からないが、今のところはこれでいいのだろう。リリアは頷くと、リアナたちへと言った。
「待ちなさい」
リアナたちが足を止めて振り返る。その顔は驚きに染まっていたが、しかしどこか嬉しそうでもあった。
「私も行くわ」
「ですが、これは……」
「その壁新聞は私も無関係ではないのよ。拒否は許さないわ」
はっきりとそう告げる。いつの間にか静まり返っていたエントランスにその声はよく響いた。誰も、一言も発さない。誰もがリリアの様子を固唾を飲んで見守っていた。
「はい……。よろしくお願いします」
やがて、リアナが緊張した面持ちで深く頭を下げた。
結論から言えば。拍子抜けもいいところだった。
「は? 知らなかった?」
男子生徒に案内されている間に、件の教師がリアナたちの壁新聞を持ってやってくるところだった。どこか慌てているように小走りでやってきて、リリアを見て蒼白になっていた。
「はい……。私のもとまで連絡が回っておらず、許可が下りていた掲示物だとは知らなかったのです。申し訳ありません」
教師がそう言って頭を下げる。ただし、リリアに対してだ。どうやらリリアのことを本当に怖れているらしい。その態度がとても腹立たしい。
「謝る相手が違うでしょう」
リリアが声を低くして言うと、教師は慌ててリアナたちへと頭を下げた。
「私の手違いだ。許して欲しい」
教師からの謝罪に、リアナたちは狼狽して何度も首と手を振った。分かってもらえたならいいんです、というリアナたちの言葉に、教師はもう一度頭を下げて手に持っていた壁新聞を差し出した。
リアナたちは嬉しそうにそれを受け取り引き返そうとして、しかしすぐにリリアの方へと不安そうな目を向けてきた。何を思っているのか察しがついてしまい、思わずリリアは苦笑する。
「私はこのまま戻るから、行きなさい」
「はい!」
リアナたちは深く頭を下げると、エントランスの方へと駆けていった。レイだけはまだ何かを心配しているような目をリリアと教師に交互に送っていたが、リリアが頷いて見せるとレイは疑わしそうにしながらもリアナたちの後を追った。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




