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無事に門の兵士に挨拶をして、久しぶりに南側の街に出た。
「お待ちしておりました」
門を出てすぐに声を掛けられた。地味な服装のシンシアだ。仕事時らしく、彼女の表情は引き締まっている。
「それを普段も維持してほしいわね」
リリアが小さな声で言うと、シンシアは無表情に頭を下げた。
「申し訳ありません。善処します」
「無理にとは言わないわよ」
ずっと堅苦しいままというのも息が詰まる。そう思えば、やはり普段はあのままの方がいいのかもしれない。しかし特に訂正はせずに、リリアはシンシアを伴って歩き始めた。
最初の店は、さくらの希望した店だ。普段は最後に寄るその店に、今日は最初に訪れた。店頭には様々な饅頭が並んでいる。
――さくら。どれ……。
――苺大福。
――でしょうね。
苦笑しつつも、店主に頼むために口を開こうとして、
「ほらよ」
先に小さな箱を渡された。怪訝そうに眉をひそめながらもそれを受け取り、中を確認する。苺大福だった。
「お嬢さん、久しぶりだな。毎週来ていたのに最近は姿を見せないから、何かあったのかと思ったよ」
顔を上げると、中年ほどの男が笑顔でリリアを見ていた。その隣には、いつもこの店で注文を取っている若い女もいる。女も親しげに微笑んでいた。
「覚えているの?」
まさかと思いながら聞いてみると、男と女は笑顔で頷いた。
「ここにお忍びで来る貴族様はお嬢さんぐらいのものだからな。俺の他にも覚えているやつは多いぞ」
「そ、そう……」
アリサとシンシアの予想と違い、しっかりと目立っていたらしい。引きつった笑みを浮かべ、シンシアへと視線を送る。シンシアは顔を青ざめさせて、責めるようなその視線から目を逸らした。
「多分だけど、そうだな。伯爵家、といったところかな?」
それを聞いて、リリアとシンシアは揃って安堵のため息をついた。どうやら公爵家とは思われていないらしい。リリアは笑顔で頷き、男へと言った。
「ええ。まあ、そんなところよ。誰にも言わないでほしいのだけど」
「ああ。分かっているさ。その代わり俺のことも不問にしておいてくれよ。お堅い口調ってのは苦手なんだ」
分かっている、とリリアが頷くと、男が嬉しそうに破顔した。
サービスだ、と渡されたみたらし団子をシンシアと共に頬張りながら、リリアは次の店へと歩く。その途中でシンシアへと振り返り、もう一度責めるような視線を向ける。シンシアは一瞬固まり、頭を下げた。
「申し訳ありません」
「まあ……。いいけれど。私が公爵家の者とは思われていないみたいだし」
その意味では決して失敗というわけでもない。だからあまり責めるのもかわいそうだろう。
――リリアも一度は納得してたしね。
――貴方もでしょう。
――うん。あれだね。リリアからにじみ出る貴族の風格だね。……はは。
――ちょっと。最後のその笑いはどういう意味よ。
そう言うと、さくらは気のせい気のせい、と笑って流してしまう。リリアは、まあいいけど、と視線を前に向けて、
――ん?
さくらの首を傾げるような声に足を止めた。シンシアも足を止めて、不思議そうにリリアを見てくる。
――どうしたの?
さくらへと問うと、さくらは少し考えて、しかしすぐに慌てるような声を出した。
――リリア。そこの店に入って。今すぐ!
以前も似たようなことがあったな、と思いながら最寄りの店に入る。服飾を扱う店だ。入って、何かあったのかと道へと振り返り、息を呑んだ。
一人のメイドが走って行くところだった。見覚えのあるメイドだ。
――別邸のメイドさんだね。
――なんでこんなところにいるのよ。
――さあ。本邸に呼び出されたのかも。
メイドが完全に通り過ぎるのを待ってから、リリアは店を出た。シンシアへと振り返り、
「あのメイドは別邸のメイドよね」
その問いに、シンシアはすぐに頷いて答えた。
「一週間ほど前に本邸勤めになりました。他にも二人ほどリリア様が滞在した別邸から来ています」
「そう。理由は?」
「本邸で働いていたメイドが退職したためです」
つまりは人員の補充だろう。何故ここまで来ていたのかは分からないが、何かの買い出しかもしれない。何かまでは分からないが。
――顔を隠しているわけじゃないし、直接顔を合わせたら声をかけられるかも。
――それは、正直面倒ね……。できるだけ避けましょう。
リリアのこの食べ歩きは一部の者しか知らない。家族にすら話していないものだ。知られてしまうと、家族も良い顔はしないだろう。面倒だと思いつつ、リリアはまた歩き出した。
それなりに満足して学園に戻った時には、すでに昼過ぎになっていた。空き教室で着替えて寮に戻ると、昼食に行くのだろう生徒たちで混雑している。その光景を見て少しだけだが辟易してしまう。どうせならもう少しゆっくり帰れば良かった。
当然ながら空腹感はないので食堂には見向きもせずに階段へと向かう。階段に足を掛けようとしたところで、食堂とは違う場所が少し騒がしくなっていることに気が付いた。そちらを見れば、壁新聞が貼られていた場所だ。何人かの生徒が集まり、何かを言い争っているらしい。よく見てみれば、壁新聞がなくなっていた。
――何かあったのかな。
さくらの声はどこか心配そうだ。その声に促されるように、リリアはそちらへと足を向けた。近づくにつれ、そこに誰がいるのかよく分かる。
レイとリアナたちの五人の集まり。そしてその対面には、どこかで見覚えのある男子生徒。
――あ。以前レイをいじめていた子だ。
リリアの口角が思い切り吊り上がった。
――へえ。つまりは懲りていないと。そういうことね?
――怖い! 怖いよリリア! 落ち着いて!
――私は、冷静よ?
――どこが!?
リリアが歩く。リリアに気づいた生徒たちが、リリアを見た瞬間に顔を青ざめさせて道を空けていく。皆が協力的だったおかげで、すぐにレイたちのもとにたどり着いた。
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ではでは。




