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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年後学期

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 リリアは静かに、もう一度壁新聞を確認していた。次の休日にでも王子に確認してもらおうとは思うが、もしも余計なことが書かれていて書き直しとなったらここにいる誰もが落ち込むだろう。少しだけしか参加していないリリアですらそう思う。


 ――貴族と平民、両方が見るってことをちゃんと考慮してるね。余計な感情は差し挟まずに、事実をありのまま書いてる。これなら大丈夫だと私も思うよ。


 それを聞いて、リリアもようやく一息ついた。

 すでに遅い時間になりつつあることを考え、すぐに片付けを始めて行く。実際に廊下に張り出してからまた集まろうということになった。


「学園から許可をもらうことを忘れないようにしなさいよ」


 リリアが思い出したように言うと、真剣な表情でリアナは頷いた。もっともその前に、とリリアが付け加える。


「先に試験が待っているのだけどね」


 空気が凍り付いた。ぎぎぎ、という音が聞こえそうなほど、全員がゆっくりとリリアに視線を向ける。リリアは誰とも目を合わせないように気をつけつつ、帰り支度を進めながら続ける。


「試験の前に出すことができるかもしれないけれど、それでも試験の勉強はしないといけないわよ。何度か欠席しているのなら、特にね。二度と作るなと言われてもおかしくないわよ」

「はい……」

「放課後で良ければ教えてあげてもいいけれど」


 そう付け加えると、全員が勢いよく顔を上げた。全員勉強の方には不安があるらしい。リリアが冷めた目でレイを見ると、レイは僕が言っても意味がなくて、と小さな声で呟いていた。

 少し早いが、試験までの限定で放課後はここでリアナたちの勉強を見ることになった。




 次の休日。一回目の試験まで残り一週間。リアナたちに請われ、リリアは朝から図書室のいつもの部屋で四人に勉強を教えていた。リリアの他に、レイも教える側に回っている。


「では次はこのページの問題を一通りやってみなさい」


 リリアが指示を出すと、四人が元気よく返事をして一斉に問題に取りかかる。四人が解いている間は読書の振りをしてさくらの講義を聞く。その繰り返しだ。

 それを昼前まで続けたところで、さくらが唐突に言葉を止めた。


 ――来たよ。


 リリアが顔を上げる。同時に、扉がノックされた。勉強をしている四人が戸惑いがちに扉を見つめ、事情を知るレイは部屋の隅に置いてある壁新聞を取りに行った。


「あの、リリアーヌ様?」

「待っていなさい」


 困惑の色を浮かべるタニアに言って、リリアは部屋の扉を開けた。そうして入ってきたのは、


「すまない。待たせたか?」


 王子だ。その後ろにクリスが続く。


「いえ、問題ありませんよ。クリスもいたのね」

「興味本位です。いけませんか?」

「問題ないわよ」


 無論、リリアにとっては、だ。リアナたちの方へと視線を投げると、全員が口を開けて固まっていた。王子は何かを言おうと口を開こうとして、しかしすぐに苦笑と共に諦めたようだ。


「先に例のものを見せてもらおうか」

「はい。こちらです」


 リリアが部屋の奥へと案内する。すでにレイは壁新聞を広げて待っていた。一国の王子がどう見ても雑用をしていることに王子は頬を引きつらせていたが、特に何も言わずにため息をついただけだった。


「早く確認してくれないかな。疲れるんだけど」


 レイが小声で言って、王子が頷いて読み始める。リリアはそれをしばらく見守ってから、リアナたちの方へと振り向いた。リアナたちは未だに口を半開きにして固まっていた。


 ――さくら。満足?

 ――あっははは! うん。満足!


 王子への確認の依頼は、壁新聞ができあがった翌日に行っている。次の休日なら、と快く承諾してもらったのだが、さくらの希望でリアナたちには伝えていなかった。さくら曰く、どんな反応をするか見てみたい、だそうだ。


 ――そろそろ声をかけてあげようよ。


 さくらの言葉に頷き、リリアはリアナの前に立った。テーブルを軽く叩くと、はっとしたように四人が我に返った。


「あ、アルディス先輩。今さっき、妙な夢を見てしまいました。王子殿下が入ってくる夢なのですけど」

「後ろにいるわよ。現実逃避せずに挨拶しなさい」

「うう……」


 恐る恐るといった様子で振り向く四人。丁度読み終えたのか、王子が振り返ったところだった。


「ん? ああ、読ませてもらったぞ」


 王子がそう言ったのと同時に、四人が勢いよく立ち上がり、頭を下げた。しかし言葉が出てこないのか、そのまま硬直してしまう。王子は苦笑すると、軽く手を振った。


「楽にして構わない。それで、この壁新聞のことだが」

「は、はい!」


 緊張した面持ちのままの四人の言葉に、王子は戸惑いながらも続ける。


「私が見たところは、特に問題はない。このまま出して構わないぞ。記事についてもよくできている。次があればまた是非とも読ませてほしい」


 その言葉に、四人ともに感激に涙を流していた。その反応に王子自身すら困惑しているようだった。


 ――これが人心掌握術か! リリア、真似しよう!

 ――無理。

 ――うん。だと思う。


 なら聞くな、と思いつつクリスの方を見てみれば、クリスも感心したような表情で壁新聞を見つめていた。クリスが見ているだけにレイは手を下ろせないでいて、見ていてさすがにかわいそうになってくる。仕方なく、リリアはクリスに声をかけた。


「クリス。読み終わったかしら。そろそろレイの手が限界みたいなのだけど」

「あら。失礼致しました。読み終わりましたよ」


 クリスが笑顔で礼を言う。レイはほっと息を漏らして壁新聞を下ろし、片付け始めた。


「私も特に問題はないと思います」

「そうか。では大丈夫だな」


 王子は頷き、四人へと視線をやる。それだけで四人とも萎縮してしまった。


「これは定期的に出すつもりなのか?」


 王子の問いに、リアナが頷いて答える。


「はい……。問題がなければ、定期的に出そうかとは思っています」

「そうか。では次も楽しみにしている」


 王子が笑顔でそう言うと、リアナとタニアが顔を赤くした。アモスとエルクが面白くなさそうにしながらも、王子へと深く頭を下げた。


「では、これからもがんばるように」


 王子がそう言って部屋を出て行く。クリスもそれに続き、すぐに二人は部屋を出て扉を閉めた。

 その後もしばらくは誰も口を開かなかった。リリアだけは特に気にすることなく、いすに座って一息ついていたが。


「驚きました……。まさか、殿下がいらっしゃるなんて……」

「ご自身の目で確認したかったそうよ」


 リリアがそう言うと、なるほどと四人は納得したようだった。四人が座り直して、長いため息をついた。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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