124
壁に張り出す新聞。少しばかり興味を覚える。確かにそういったものがあれば、少し面白いかもしれない。
「完成したら教えてもらえる? 見てみたいわ」
リリアがそう言うと、四人が勢いよく顔を上げ、目を輝かせた。
「本当ですか! がんばります! 絶対に見て下さいね!」
リアナの声に、リリアは笑顔で頷いた。それを見た残り三人が安堵のため息をついた。
「リリアーヌ様って……」
ぽつりと、タニアが言葉を零す。タニアへと視線をやると、聞かれているとは思わなかったのかタニアが怯えた表情を見せた。
「いいわよ。怒らないから言ってみなさい」
「で、でも……」
タニアが視線を彷徨わせ、リアナとレイを見た。リアナとレイが大丈夫だと頷くと、タニアが意を決したように言った。
「その、ですね。噂よりも気さくな方だなと思いました」
「どんな噂かしら?」
「そ、それは……」
言い辛そうに目を逸らし、言葉を濁す。さすがに答えてくれないか、と思っていると、
「かなり怖い人。ものすごく我が儘。絶対に関わり合いになってはいけない人。関わると潰されるから可能な限り避けろ、と言われてはいますね」
そう言ったのはエルクだ。すぐに、いてえ、と叫びいすから転げ落ちた。足を押さえているということはアモスにでも踏まれたらしい。エルクがアモスを睨むが、しかしアモスはエルクを見ていなかった。アモスはまた蒼白になり、リリアへと頭を下げてきた。
「度重なる無礼な発言、本当に申し訳ありません」
三人が頭を下げる。それを見てようやく自分の発言の意味を理解したのか、エルクも慌てて立ち上がると頭を下げてきた。リリアは小さくため息をつくと、気にしていないから、と手を振った。
――どれだけ怖れられているかよく分かるわね。
――こればっかりは仕方ないよ。それよりもリリア、一つ提案。
――何かしら。
――新聞作り手伝おうよ。
――この子たちと一緒に?
この四人はおそらく平民だろう。だからといって軽んじるわけではない。むしろその逆だ。公爵家のリリアがいれば、まず間違いなくこの四人は萎縮してしまうだろう。
――一つのことを一緒にやり遂げたら、きっと仲良くなれるよ。
――やり遂げられたら、でしょう。できなければどうするのよ。
そこまで言って、リリアは笑みを零した。
――必要なことなのね?
――少なくとも私はそう思ってる。
――十分よ。折を見て聞いてみましょう。
せめてもう少し打ち解けてからでもいいだろう。さすがにこの有様で聞くことはできない。そう思っていたのだが、
「リリアさん。せっかくだし、一緒に作りませんか?」
リリアとさくらの思惑など知らないだろうに、レイが笑顔でそう言った。これには少し驚いたが、リリア以上に驚いていたのが目の前の四人だ。リアナを除く三人は非難めいた目をレイに向けているが、レイはそれと目を合わせない。リアナは対照的に、瞳を輝かせていた。何かを期待するかのようにリリアを見つめてくる。
この少女は自分に何を期待しているのだろうか。リリアは頬が引きつりそうになるのを堪えながら、自分を見ているリアナへと言った。
「何か、私にできることがあるのかしら? 少しだけなら協力してあげても構わないけれど」
リアナが嬉しそうに破顔する。残り三人は驚愕で目を見開き、間抜けに口を開けていた。
「新聞の書き方は分かりますか!」
「分かるわけがないでしょう」
新聞を読んだことなど片手で数えられる程度しかなく、当然書き方など分かるはずもない。即答で答えると、そうですよね、とリアナは頷いた。分かっていて聞いたのではと思ってしまう。
「あのですね。気づいているかもしれませんけど、私たちは家名がありません」
家名がない。それはつまり平民であるということだ。一部の平民は自分のことを平民や庶民といった言い方を嫌うことがある。それ故に家名がない、と少し遠回りな言い方がされるようになった。
「そうみたいね。それで?」
「アルディス先輩なら他の上級貴族の方にもお話を聞けますよね?」
それを聞いたリリアの表情が険しくなった。確かに聞こうと思えば聞けるが、聞く内容にもよるだろう。それに、聞けない相手、というよりもできるだけ関わり合いになりたくない相手も当然いる。
――何故でしょうね。とても嫌な予感がするのだけど。
――奇遇だね。私もするよ。なんだろう?
先を促すようにリアナを見れば、リアナは笑顔のまま言った、
「例えば、王子殿下にお話を聞くことはできますか!」
リリアの表情がこれ以上ないほどに険しくなった。それに何を感じたのか、リアナですら震え上がった。すぐにいすに座って小さくなってしまう。
「ごめんなさい、その、ちょっと調子に乗っちゃいました……」
別に怒っているわけではないのだが。リリアは眉間を指でほぐし、ため息をついて言う。
「殿下に何を聞きたいの?」
リアナが勢いよく顔を上げる。四人が顔を見合わせ、頷き合い、紙に勢いよく何かを書き始めた。しばらく待ち、差し出されたその紙を受け取る。それにざっと目を通してみると、クラビレスのことについての質問などがあった。
「質問の内容に問題はないわね……。いいでしょう。聞いておきます」
リリアが紙を折りたたみながらそう言うと、四人が歓声を上げた。
「ありがとうございます!」
口々にお礼を言ってくる。何の打算もない、純粋な感謝の言葉だ。仲介するだけの役とはいえ、少しばかり照れくさくなってしまう。リリアは目を逸らし、手を振って言った。
「まだ早いわよ。殿下も多忙な身だし、答えてくれるとは限らないから。私ができるのは、代わりに聞いてあげることだけよ」
「十分です! あ、できればリリアーヌ様にも答えていただければと思うのですけど」
そう言ったのはタニアだ。リリアは折りたたんだ紙に視線を落とし、嘆息した。
「いいわよ。いっそのこと知り合い全員に聞いてあげるわ」
「わあ! ありがとうございます!」
嬉しそうな四人の声。それを聞くと、リリアも少しだけだが嬉しくなる。もっとも、自分はやはり聞くだけの役なのだが。
「リリアさんが聞くって、それ、誰も拒否できない脅迫になるんじゃ……」
ぽつりとレイがそんな言葉を零す。それを聞き取ったリリアは素早くレイの頭を掴むと、優しく『笑顔』を浮かべた。
「よく聞こえなかったわね? もう一度、お願いできる?」
「ご、ごめん、冗談です……。いたいいたい! ごめんなさい余計なことを言いました許してください!」
レイが悲鳴を上げたところで、リリアはレイを解放した。レイは頭を抱えながらテーブルに突っ伏してしまう。それを見ていた四人は、誰もがごくりと喉を鳴らしていた。三人は恐怖から、一人は瞳を輝かせて。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




