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「はい次! アルディス先輩を待たせちゃだめだよ!」
リアナが隣の少女を急かす。急かされた少女は顔を青ざめさせたまま、リリアへと向き直った。何度か深呼吸した後、口を開いた。
「タニアで……! ……っ!」
思い切り噛んだらしく、口を押さえてうずくまってしまった。残りの二人は何をやっているんだと蒼白になっているが、リアナは笑いを堪えながらタニアと名乗った少女の肩を優しく叩いていた。
「タニア、ね。その……。大丈夫?」
あまりに痛がっているために心配して聞いてみると、タニアは慌てて立ち上がって言った。
「大丈夫です!」
「そう……。ふふ」
堪えきれず笑みを零してしまう。タニアは真っ赤になり、うつむいてしまった。
「ああ、ごめんなさい。ちゃんと覚えたわ」
そう言うと、今度は真っ青になった。どうしたのかと首を傾げると、さくらが苦笑した。
――本来なら上級貴族が名前を覚えるなんてそうそうないからね。いずれ何かあるんじゃないかって怖がっても仕方ないよ。
――そんなつもりはないのだけどね。
「別に何もしないから、そんなに怯えないでほしいわね」
リリアがそう言うと、最早真っ白な表情になりながら、ごめんなさいとタニアは頭を下げた。これ以上言っても無駄だろうと判断して、それ以上は何も言わないことにする。
続いて男子が前に出る。一人が緊張した面持ちのまま、言う。
「アモスです。こちらがエルク」
「あ、お前! 俺の自己紹介を取るなよ!」
エルクと呼ばれたもう一人の少年がアモスと名乗った少年へと文句を言う。アモスは呆れたような目をエルクへと向けた。
「いやだって君、僕以上に緊張してるじゃないか。そんなことで自己紹介できるの?」
「で、できるに決まってるだろ馬鹿にするな!」
エルクが勢いよくリリアへと振り向く。本人に自覚はないのだろうが、睨み付けられたような気がして少しばかり不快だ。リリアが不機嫌そうに眉をひそめると、ひっとエルクが短い悲鳴を漏らした。だがぐっと瞳に力を込め、改めてリリアを見てくる。
――へえ……。
少しだけエルクの評価を上方修正しつつ、彼の言葉を待つ。エルクは小さく深呼吸すると、口を開いた。
「……っ!」
言葉は出てこなかった。
「エルク……」
呆れたようなアモスの声に、エルクは泣きそうな顔で振り返った。
「だって! だって公爵家の方だぞ! しかもあの悪名高いリリアーヌ様だぞ! 緊張しないわけがないだろ!」
エルクの大声にリリアは顔をしかめた。不機嫌が理由、というわけではない。やはりそんな認識なのかと気落ちしたためだ。
まだまだ自分の努力が足りないのではないか。もっとどうにかするべきでは。そう思っていると、さくらが苦笑しつつ言った。
――リリア。気にしすぎだよ。まだ大丈夫。
――だけど……。
――うん。むしろまずはこの子たちから、と思えばいいよ。無理せず、少しずつ。ね?
リリアは小さくため息をつくと、分かったわと頷いた。そしてまたエルクたちへと視線を戻す。四人ともこちらを見て、今回はリアナまでも蒼白になっていた。
「エルク! 本人の前で言うことじゃないだろう!」
アモスの声。すぐにタニアが言う。
「アモス君、それだと、否定してないどころか認めちゃってるような……」
「あ……」
「もういいから何も喋らない! 頭を下げる! 今すぐ!」
リアナが急かすように言う。そして四人が一斉に頭を下げた。
「申し訳ありません!」
その声と同時に、
「戻ったよ……。なにこれ?」
レイが目を点にして固まった。聞きたいのは自分の方だ。
――さくら。どうすればいいかしら。
――さあ……。
さくらも戸惑いの声を上げる。リリアはさくらと共に、内心でため息をついた。
レイが飲み物を配り、いすに座る。リリアの隣にレイが座り、リアナたち四人はリリアの対面に座っている。四人ともすっかり小さくなって恐縮していた。リリアもどうしていいか分からず、頬が少しばかり引きつっている。レイだけは笑いを押し殺していた。
「あの……。本当にごめんなさい……」
リアナが恐る恐るといった様子で言って、リリアは小さく肩をすくめた。
「気にしなくていいわよ。ただし私以外ならどうなっていたか分からないけれど」
「はい……」
四人が落ち込んだようにうつむいてしまう。リリアはそれ以上は何も言えず、レイへと振り向いた。
「それで? 今まで何をしていたの?」
リリアが問うのは今までの不在の理由だ。レイは、あー、と意味の無い音を発した後、困ったような笑顔を浮かべた。
「僕がクラビレスから留学に来ていることは言いましたよね?」
その言い方にリリアが怪訝そうに眉をひそめ、しかし何も言わずに頷いた。それがレイの『設定』なのだろう。リリアが何も言わないことに安堵しつつ、レイが続ける。
「新聞は分かりますか?」
レイの問いにリリアは頷く。この国にも新聞はある。この国の新聞には二種類あり、貴族用のものと平民用のものがある。アルディスの屋敷にも毎朝届けられているはずだ。平民用のものもあり、これは使用人が街へと買いに行っていると聞いている。
――そんなのあるの!?
――あら、知らなかったの? 今度街に行った時にでも買ってみましょうか。
――うん。お願い。
話の先を促すためにレイを見ると、レイは、それです、と言った。
「意味が分からないのだけど」
「えっとですね。リアナたちは学園用の新聞を作ろうとしているんですよ。第一回目の特集としてお隣の国、クラビレスのことを紹介したいらしくて、そこの出身である僕が話をしていました」
「へえ……。全員に配るのかしら」
「いえ。さすがにそれはできないそうなので、大きな紙に書いて一階の廊下に張り出すそうです」
それは新聞と言えるのだろうか。リリアは首を傾げるが、さくらは何か知っているらしい。
――いわゆる壁新聞だね。
――壁新聞?
――うん。意味はそのまま、壁に張り出す新聞。そんな認識でいいよ。みんなに配ることはできないけど、大勢の人に見てもらうことはできる。学生が作るものなら十分じゃないかな。
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ではでは。




