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ティナの言葉を受けてリリアが不機嫌そうな顔になると、ティナは慌てたように言い直した。
「えっと……。呼び止めてごめんね、リリア」
「よろしい。構わないわ。こうしてお友達になれたわけだしね」
そう言って微笑みかけると、ティナも照れくさそうに笑った。挨拶を交わし、部屋へと急ぐ。ずっと黙していたアリサも、当然ながら後を追ってきた。
「ご立派でした、リリア様」
ありがとう、と返事をしつつも足は動かす。その場から逃げるかのように。
――さくら。あれで良かったのよね? 変に思われてないわよね?
――今までのことを考えるとどう考えても変だよ。偽物疑惑が出てくるね!
――ふざけないで。
――つれないなあ。まあ、うん。上出来だよ。むしろ予想の斜め上をいったね、いい意味で。いきなり友達になるとは思わなかった。
リリアが足を止める。後ろのアリサも足を止めて、首を傾げながらもリリアの動きを待つ。
――ああ、大丈夫だよ。さっきも言ったけど、上出来だから。よくがんばりました。
――なら……いいわ……。
自分でもかなり急ぎすぎていたとは思う。何も今友達宣言をしなくても良かっただろう。特に今まで辛く当たっていただけに、きっとティナは今頃気味悪く思っているはずだ。そう考えると、次にどんな顔で会えばいいのか分からない。
――あの子は普通に喜んでいたと思うけどね。
さくらのその言葉は、さすがに信じることができなかった。
三階の部屋は全て同じ造りだが、そのどれもが広い部屋だ。リリアの部屋も同様であり、屋敷の自室ほどではないにしろ、快適な暮らしができるように考慮されている。広い部屋には生活に必要な家具が配置されており、そのどれにも埃一つついていない。二週間以上留守にしていたとは思えないほど、掃除が行き届いている。
この部屋の側面の壁には扉が二つあり、そこは寝室と浴室に繋がっていた。
リリアは部屋の中央に配置されているいすに腰掛けると、ゆっくりと息を吐いた。
「リリア様。私はお荷物の確認をしてきますね」
「ええ。お願い」
アリサが一礼して寝室へと向かう。リリアの荷物は前日のうちに運び込まれている。故にリリアはここまで手ぶらで来ることができた。
――さて、リリア。明日からはどうする?
さくらの声に、リリアは少し考えて、答える。
――何も深く考えることはないでしょう。学校に通うわ。
――うん。現実逃避はよくないね。王子とティナのことだよ。
う、とリリアが言葉に詰まり、視線を窓へと向ける。入ってきた扉の反対側にあるその窓からは外の景色がよく見える。しばらくそれを見つめていると、
――おーい、リリアー、帰っておいでー。
さくらの声。リリアは頬を引きつらせながら、答える。
――ちゃんと、考えてる……。
――へえ。じゃあ、王子様と会ったらどうするの?
――できるだけ避ける……。私はもう殿下のことは諦めたつもりだけど、でも実際に会ってしまったら、どうなるか分からないから……。
――まあ賢明な判断だね。で、ティナは? お友達とはどうするの? さすがに避けられないよ?
そんなことはさくらに言われずとも分かっていることだ。ティナに関しては無視するわけにもいかない。リリアから友達になろうと言った以上、避けるようなことは、自分の言葉を覆すようなことはできない。
ティナだけならいい。会って、先ほどのように話をすればいいだけだ。問題は、そうしているとほぼ間違いなく王子が出てくるだろうことか。
――ちなみに私は、この件に関してはあえて何も言わないよ。リリアのしたいようにしてみてね。
――私を……試すつもり?
――さて、どうかな。
くすくすと、楽しげに笑うさくら。リリアは重たいため息をつき、そしてすぐに気持ちを切り替えるように首を振った。
――さくら。勉強をしましょう。
――おお、リリアから言うなんて珍しい!
言葉はからかっているものだが、本当に驚いているらしい。確かにリリアは、初日以外は自分から勉強をやろうとはしていない。いつもさくらに促されている。その理由は単純で、さくらの話が難しすぎて、少し辛いと思ってしまっているためだ。
だが今日だけは、それでいいと思う。また現実逃避だと言われるかもしれないが、とにかく何かに集中したい。
――でも、今日は別の人を教師にしようか。
さくらから帰ってきた言葉はそんなものだった。予想外の提案にリリアが目を丸くする。自分にしか聞こえない声のさくらが、一体どうやって他の人に頼むというのか。
――アリサは魔法に詳しいはずだから、今日はアリサから魔法について学びましょう。はい、本人に相談する!
そう言えば、と思い出す。リリアは屋敷に戻っていた間、魔法の勉強は一切していない。さくらから他のものを学ぶようになってからも、魔法と作法だけは触れていなかった。その点、アリサはさくらが分からないものについて詳しい。まるでさくらを補うためにいるかのように。
だがそれでも、メイドから学ぶというのはどうしても避けたいものがある。リリアが難しい表情で唸っていると、
「リリア様、いかがなさいました?」
いつの間にか、目の前にアリサが立っていた。いつものメイド服に、リリアを心配そうに見つめてくる瞳。リリアは薄く苦笑すると、何でも無いと首を振った。
「アリサ。貴方は確か、魔法に詳しかったわよね?」
「え? そう、ですね……。奥様に比べると児戯のようなものですが、学園を卒業できる程度のものまでなら覚えています」
――なにこの子、実はすごいの?
――うん。もともと魔法が苦手なリリアのためにできるだけ魔法に詳しい子、てことで雇われてるから。
――初耳なんだけど。
――聞いてるはずだよ。聞くつもりがなかった頃だと思うけど。
ということは引きこもる前の話だろう。そうであるなら、確かに興味のないことはほとんど聞き流していたと思う。
――私は魔法が苦手、ということでもなかったけど。
――よく言うよ。いつもお母さんと比べられて、お母さんほどできない自分に自己嫌悪していたくせに。
――…………。
ストックに余裕があるので、気まぐれにもう一話?投稿しておきます。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




