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部屋の扉がノックされる。リリアがどうぞ、と促すと、扉がゆっくりと開いた。そしてまずはアリサが入ってくる。
「リリアーヌ様、お連れ致しました」
「ご苦労様」
アリサが一礼して横へ移動する。その後に、緊張した面持ちの女生徒たちが入ってきた。リリアのクラスの者もいれば、あまり見かけない、おそらくは下級生か上級生だろう者まで入ってくる。誰もが蒼白な表情になっており、さらにリリアの対面に座るクリスを見て目を見開いていた。
「ようこそ、皆様。私のお誘いに応じていただき感謝致します。では早速ですが……。そこに並びなさい」
リリアが『笑顔』で言うと、ひっと短い悲鳴が何人かの口から漏れた。おずおずといった様子で横一列に並ぶ。改めて一人ずつ顔を見てみれば、どこかで一度は見たことのある顔ばかりだ。リリアのクラス以外の者は夜会か何かで見かけたのかもしれない。
「さて、どうして私が皆様をお呼びしたのか、お分かりになりますか?」
女生徒たちがお互いに顔を見合わせるが、しかし誰も答えない。少しばかり苛立ちを覚えてテーブルを指で叩くと、全員がびくりと体を震わせた。
「私の言葉は理解できているわね?」
普段の口調に戻し、並ぶ者を睥睨する。誰もがうつむき、リリアとは目を合わせようとしない。その態度で頭に血が上ってくる。
――どうどう。はい深呼吸。
さくらに促されるまま、小さく深呼吸をする。少しだけ落ち着いたところで、リリアは『笑顔』を貼り付けた。
「昼頃、かしらね。ある男爵家の方が階段の上から突き落とされそうになったらしいわ。もちろん、誰かは言わなくても分かるわね?」
女生徒たちが頷く。しかし決してリリアと目を合わせようとしない。
「リリアーヌ様」
いつの間にか隣に来ていたアリサが、小さな紙片を差し出してきた。そこには、一人の女生徒の名前が記されている。アリサへと目を向けると、恭しく一礼して一歩下がった。
――シンシアからの報告、かな?
――ティナを突き落としたのはこの名前の方というわけね。ふふ……。
――怖いよ。
リリアが顔を上げ、ゆっくりと一人ずつ、顔を確認する。そして最後の方、隅の女生徒で口角を持ち上げた。
「そこの……」
「やりなさい」
リリアの声に被さるように、クリスが言う。リリアが訝しげにクリスを見ると同時に、隅の女生徒が倒れた。そしてその女生徒の上には一人の少女。先日、クリスが自慢気に紹介していた、元密偵見習いのメイドだ。
「クリス。どういうことかしら」
戸惑いを隠してクリスへと問うと、クリスは微笑み、言った。
「あの方がティナさんを突き落とそうとした方で間違いありません。あの私のメイドにはティナさんの側につき、何かあれば守るように言っておきました」
リリアがわずかに目を見開く。先ほどはそんなことは全く言っていなかった。クリスは楽しげに笑うと立ち上がり、リリアへと深く頭を下げてきた。
「リリアーヌ様。あの者は私にお任せ下さい」
問うてくるわけでもなく、任せろ、と言う。リリアが組み伏せられた女生徒に目を向けると、その女生徒はどこか安堵の表情を浮かべていた。ここから逃げられることを喜んでいるかのような、そんな顔だ。少しばかり不安になりクリスへと目を向けると、
「やり直そうとしている貴方が汚れる必要はありません。その役目は引き受けましょう」
リリアが目を大きく見開き絶句する。クリスはいたずらっぽく微笑むと、ゆっくりと歩き始める。そして女生徒の前に立つと、底冷えのする冷たい声で言った。
「何を安心しているのですか」
「え……?」
「貴方はティナ・ブレイハを階段の上から突き落としました。上手く隠れていたつもりのようですが、私のメイドがしっかりと見ていたそうですよ。一歩間違えれば殺人となっておりましたが、まさかそれだけのことをしておいて、許されるとは思っておりませんね?」
「ま、待ってください、私は……」
「黙りなさい」
クリスが冷たく言い放ち、女生徒が言葉に詰まる。クリスが手を上げると、メイドが女生徒を立ち上がらせた。
「私の側にいた方がこのようなことをするとは思いませんでした。嘆かわしいことです」
クリスはそう言うと、ゆっくりと優しげに微笑んだ。
「行きましょうか」
クリスが扉へと歩いて行く。クリスのメイドに捕まったまま、その女生徒も後に従う。クリスは部屋を出る直前、こちらへと振り返り、
「皆様はリリアーヌ様からお話があるそうなので、そのままお待ちくださいね」
彼女たちを現実に引き戻してから、去って行った。
――リリアさんリリアさん。
――なに?
――リリアに取り憑いて初めて本気で怖かったよ!
声を震わせているさくらに苦笑しつつ、さて、とリリアは残った女生徒たちへと改めて視線を向けた。クリスに一番の獲物は奪われてしまったが、今は彼女を信じることにしよう。
――でもこのままだと、もしかしなくてもあの子、すごく重たい罪になるの?
――そうなるでしょうね。人を殺しかけているのだから。
――リリアもしたよね。
――…………。
リリアは目を閉じ、少しの間考え込み、そしてアリサに命じて紙と書くものを持ってこさせる。アリサが持ってきたそれにリリアは走り書きをすると、アリサに預けた。
「クリスを追いかけて、渡しなさい」
「畏まりました」
アリサが一礼して部屋を出て行く。リリアは小さくため息をつくと、今度こそ残った女生徒たちへと向き直った。
「先に言っておくわ。貴方たちは陰口程度のことしかしていないと聞いているから、正直に答えれば、まあ、そうね。少しだけ怒るだけにするわ」
顔色は悪いままだが、先ほど連れて行かれた女生徒を思えばまだ軽いものだろう。全員が小さく安堵の吐息を漏らし、
「ただし、嘘は許さない。嘘と分かった時は、容赦せずに、潰すから」
最後の言葉に、誰もがまた蒼白になりつつも勢いよく頷いた。
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