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「お帰りなさいませ、リリア様」
リリアが部屋に入ると、部屋の中にいたメイドが恭しく頭を下げた。リリアはその様子を見て、彼女にしては珍しく優しげな笑顔を浮かべた。
「ええ。ただいま、アリサ。久しぶりね」
顔を上げたアリサは目を丸くしていた。どうしたのかと疑問に思いながらも、自分の背後へと指で指示を出す。すると屋敷のメイドたちが荷物を持って部屋に入ってきた。
「お嬢様。この人形はどちらへお持ちしましょうか」
その声に振り返ると、大きなぬいぐるみを持つメイドがいた。思わずリリアは頬を引きつらせ、そう言えばそれがあった、と小さな声で呟いてしまった。
「え?」
「何でも無いわ。そうね……。一先ずベッドの上に置いてもらえる? あとでアリサにでも頼むわ」
「畏まりました」
指示を受けたメイドがぬいぐるみをベッドへと運ぶ。アリサはそのぬいぐるみを興味深そうに見ていた。
「あのぬいぐるみが気になるの?」
リリアが聞くと、アリサは少しばかり言い辛そうにしながらも、言う。
「はい……。その、リリア様がぬいぐるみを持って帰ってくるのは、意外といいますか……」
「そうね。私でもそう思うわ。私も女の子ということよ」
――え?
――…………。
――待って、冗談だから! 怖いよ!
リリアがやれやれとため息をつく。そのため息を疲れと解釈したのか、アリサがいすを引いてくれた。断る理由もないのでそのいすに座ると、すぐに紅茶を用意してくれる。流れるような手際だ。出された紅茶を一口飲み、リリアは一息ついた。
「リリア様。何があったのかお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか」
アリサの声に、リリアは息を呑み、しかしすぐに笑顔を作った。
「何のことかしら?」
「隠さなくても分かります。レスター伯爵領で何かあったのでしょう。ティナ様がご一緒ではないようですし」
「別に、常に一緒にいるわけではないわよ」
「そうかもしれませんね。ですが、見ていれば分かります。これでもリリア様専属のメイドですから」
どこか誇らしげにアリサが言う。リリアはそう思ってくれていることに少し嬉しくなり、少しだけ口角が上がってしまった。
――リリアのことをよく見てるってことかな。大事にしないとだめだよ。
――分かっているわよ。
さくらに言われるまでもなく、アリサを手放すつもりは毛頭ない。もっとも、アリサ自身が心変わりをしたなら、話は別だろうが。
「リリア様」
アリサの声にリリアは少し考える素振りをして、
「荷物の運び込みが終わったら話すわ」
周囲へと視線を巡らせた。何人かのメイドが荷物を片付けている。アリサはすぐに頷くと、畏まりましたと頭を下げた。
片付けが終わり、メイドが全員退室した後、リリアはアリサに所々を省略しながらも話した。ティナのことについても、全て。
結局あの後は特に何もなく、アルディスの本邸まで帰ってきてしまった。ティナとも何度か会話をしているが、今までのような話はできていない。二人そろってぎこちなくなってしまっていた。せめて自分だけでも自然に話せれな良かったのだが。
聞き終えたアリサは、どこか難しい表情を浮かべ、黙っていた。そう言えば、と思い出す。アリサも出身は男爵家、下級貴族だったかと。
「失望したかしら」
内心で震えながらも表情には出さずに聞くと、アリサはすぐに首を振った。
「驚きはしましたけど、失望とまではいきません。リリア様は間違ったことをしていませんから」
そう言いつつも、ただ、と続ける。
「ティナ様のお気持ちも分かります。特にティナ様は、以前のリリア様をよく知っているわけではないでしょうし。リリア様や他の方の話を聞いていると、どうやらティナ様の中ではリリア様への評価はとても高いようですから。以前の私を見ているようで、少し恥ずかしく思います」
なるほど、と納得しつつ紅茶を飲もうとして、
――以前の私?
――え……?
さくらの不思議そうな声に動きを止めた。
「アリサ。以前の私を見ているみたい、というのは……?」
「そのままですよ。私もリリア様をとても優しい人だと思っていて、実際に会ってみて失望した人間です」
「そう、なの?」
「はい。あ、もちろん今はそんなこと思っていません! リリア様のメイドであることを誇りに思っています!」
アリサが慌てたようにそう言うが、リリアの耳には入ってこない。
以前、アリサから以前の自分の評価を聞いた時になかなかに厳しい言葉を聞いていたが、まさか失望までされていたとは思わなかった。だが確かに、当時のアリサもリリアを命の恩人として高く評価していたようだったので、失望されてもおかしくはないのだろう。
「あの、ですね。リリア様」
アリサに呼ばれて、リリアが顔を上げる。アリサは真っ直ぐにリリアを見ていた。
「今はリリア様を尊敬しています。ご自身の非を認めて変わろうとするなんて、簡単にできることではありませんから」
「そ、そう? ありがとう」
そうして告げられるとどうにも気恥ずかしく思えてしまう。変わろうとしたきっかけも、変わろうとしている先も、さくらの影響がとても大きいのだが、こうして見てもらえているといのは嬉しいものだ。
――私は方向性しか言ってないから。がんばってるのはリリアだから。自信持って。
さくらの言葉に、リリアは小さく頷いた。
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ではでは。




