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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年前休暇

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109


 ゆっくりと目を開ける。窓の外を見ると、夕焼けで赤く染まっている町並みが見えた。どうやらそのまま少し眠ってしまっていたらしい。体を起こし、そのまま立ち上がる。そろそろ夕食の時間だろうか。


 ――リリア。部屋の外にブロソさんがいるよ。


 どうしてブロソが、と不思議に思いつつも、リリアは扉へと向かい、何も言わずに開けた。

 すぐ目の前にブロソが立っていた。


「ブロソ……。何か一言言いなさい。正直、怖いわよ」


 ブロソが頭を下げてくる。リリアは小さくため息をつくと、ブロソを部屋へと招き入れた。

 リリアとブロソがテーブルを挟んで座る。座ってすぐに、ブロソは兜を脱いだ。ブロソの表情は、暗い。そして再度頭を下げてきた。


「ブロソ。文字は書けるの?」


 怪訝そうにしながらもブロソが頷いた。リリアは教材の白紙のページを切り取り、ペンと共にブロソに渡した。


「貴方はこれを使いなさい。それで、何の用なの?」


 ブロソはすぐに紙にペンを走らせた。書き終わると、それをリリアに返してくる。それを受け取ると、読み上げた。


「キースが迷惑をかけてしまい申し訳ありません。……ああ、そう言えば近くにいたのよね」


 ブロソは現在はリリアを守るために、常にリリアの側にいる。ならあの時も、ブロソは側にいたのだろう。それなら早めに出てきて止めてほしかったものだ。そう思い、しかし首を振った。自分の言動が招いたことであり、ブロソに適任転嫁をするわけにはいかない。


「気にしなくていいわよ。私も少し言い過ぎたから」


 それを聞いたブロソは、安堵のため息をついた。実の弟だ、やはり気になっていたのだろう。少しだけ、その関係が羨ましいと思う。


 ――きっとリリアも心配してくれてるよ。リリアもテオに何かあれば、心配するでしょ?

 ――する……のかしら。

 ――えー……。

「一応、どうして出てきてくれなかったのか、聞いてもいいかしら?」


 問うてみると、ブロソは少しばかり考えるように目を伏せ、やがておもむろにペンを取った。そしてブロソが書いた内容は、ある意味では予想通りのものだった。


「契約上、ね。お兄様とどんな契約を交わしているのか分からないけれど、それなら仕方が無いわね」


 申し訳なさそうに頭を下げてくるブロソに、リリアは苦笑しつつ手を振った。これに関してブロソを責めるわけにはいかない。ただ、少しばかり兄とは話をしておく必要があるだろう。そう思っていると、勢いよく扉が開かれた。


「リリア!」


 入ってきたのは兄だ。リリアは大きなため息をつくと、こちらへと駆け寄ってくる兄に笑顔を見せた。


「お兄様、ノックはどうしました?」


 兄がぴたりと足を止める。しかし兄は出て行くことはせずに、じっとリリアの目を見てきた。


「何が起こったかはブロソから聞いた。リリア。大丈夫か?」


 どうやら本当に心配してくれているらしい。リリアは少し意外に思いつつも、とりあえずは頷いておいた。


「大丈夫ですよ。私自身が原因でもありますし」

「そうかもしれないが……」

「元の原因は、俺の弟、です」


 リリアが大きく目を見開き、同じような表情をしている兄と共にブロソを見る。ブロソは苦悶の表情を浮かべ、手で喉を押さえていた。


「無理しなくていいわよ。確かに発端になったのは貴方の弟だけど、言ってしまったのは間違いなく私よ。貴方が気にすることじゃないわ」


 そう言うと、ブロソは力無く頷いた。


 ――それにしてもいい声だったね。

 ――そうね。これを奪ったフリジアの考えが分からないわ。どうせならずっと側で侍らせておけばよかったのに。

 ――その考え方も怖いんだけど。


 さくらと言葉を交わし、わずかに微笑む。そしてふと兄を見れば、こちらを心配そうに見つめていた。


「リリア。本当に大丈夫か?」

「ええ。もちろんです」


 ブロソを見てみれば、こちらも心配そうに見ている。リリアは誤魔化すように咳払いをした。


「お二人の用は終わりですか?」

「ああ、そうだ……。いや、ちょっと待て。リリア。良ければ本邸への馬車を手配するが……」

「必要ありません」


 リリアの即答に、兄は面食らったようだった。しかし次には、少しだけ嬉しそうに目を細めた。


「そうか。分かった。だが無理はするなよ」

「はい。ありがとうございます」


 兄は満足そうに頷くと、ブロソへと視線を送る。それを受けたブロソはリリアへと一礼して立ち上がった。最後にもう一度ペンを走らせ、リリアに返してきた。それを見たリリアは、薄く苦笑を浮かべてしまった。

 兄とブロソが部屋を退室していく。それを見送ってから、リリアはブロソが最後に書いた紙に視線を落とした。


 ――協力できることがあれば手伝わせてください、だって。ブロソさんはいい人だね。

 ――本当にね。お兄様にはもったいないわ。

 ――お兄さんに厳しくない?


 そんなことないわよ、と答えながら、リリアは笑みを浮かべて立ち上がる。とりあえずは落ち着くことができた。ティナに会うとどうなるかは分からないが、おそらくは大丈夫だろう。


 ――無理しないでね。

 ――分かってるわよ。


 リリアはゆっくりと深呼吸して、部屋を出た。




 兄の部屋で食堂に行く旨を告げると、兄は意外そうに目を丸くした。出かける準備をしていたところから、どうやら何かを買ってきてくれるつもりだったらしい。心配しすぎだろうと思ってしまうが、以前リリアには引きこもりの経験があるので一笑に付すこともできない。


「大丈夫なんだな?」


 兄の問いかけに頷くと、兄は心配そうにしながらも食堂に行く準備を始めた。




 ティナは夕食の時間はここの手伝いをしている。つまりは食堂に入れば、


「あ……」


 当然のようにティナと会うことになる。ティナは笑顔を浮かべようとしていたが、ぎこちないものになっていた。


「お兄様。あとで席に向かいます」

「そうか……。分かった」


 兄は頷くと、いつも座っている隅の席へと向かう。リリアはそれを見送ってから、ティナへと近づいた。ティナがびくりと体を震わせ、視線を彷徨わせた。


「ティナ」


 呼びかけると、おずおずといった様子でリリアを上目遣いで見てくる。実際のところ、何を言うか決めているわけではない。だから、ゆっくりと息を吸って、言った。


「貴方を失望させてしまったことは、認めるわ」

「そんな、失望なんて……」

「だから、今はもう目は覚めているでしょう?」


 友人になった経緯が特殊だった。そして、まだそれから一年も経っていない。それなのにティナはリリアを信頼しすぎだろう。まだ、リリアの多くを知らないはずなのに。


「貴方の目で私を見極めなさい。どれだけ時間がかかってもいいから」


 リリアはそう言うときびすを返した。これ以上話すことはない。そして、もう自分を偽るつもりもない。


 ――これでいいのよね?

 ――うん。私も焦りすぎていたからね。一つずつ、積み重ねていこう。


 リリアは頷き、兄が座る席へと向かった。


     ・・・・・


 自惚れだ。認めよう。自分は間違っていた。

 食事を進める様子を見守りながら、さくらは反省を繰り返す。自分はリリアに何をしていたのか。自分の価値観を一方的に押しつけ、自分を盲目的に信じさせた。

 認めよう。自分がやっていたことは、あのクソガミと大差ない、と。


「リリアの人生なんだから、リリアと一緒にやらないと意味がない、よね」


 確かに、先のことを考えれば今までのやり方の方がさくらにとっては都合がいい。ただしそれは、あくまで成功すればの話だ。失敗してしまえば意味がない。


「二人三脚。これ大事!」


 さくらが笑顔で言う。楽しげに、言う。


 ――さくら? 何か言った?


 リリアの声。どうやら聞こえてしまったらしい。


「え? ああ、えっとね……。一緒にがんばろう! そんなこと」


 そう答えると、リリアは、そうね、と返事をしてくれた。それが、少しだけ嬉しい。


「うん。そうだ。あと一年しかない、とか考えるからだめなんだ。まだ一年もある。そう考えよう。ちゃんと、やり直そう」


 失敗した。だがまだ終わっていない。まだ、これからだ。

 あの最低最悪の神との約束の時まで、まだ時間は残っている。



 ふと、思い出した。リリアが考えていたこと。ティナはまだリリアの多くを知らない、と。


 ゆっくりと。


「リリアも人のことは言えないよ」


 凄絶に。


「リリアも、私のことは知らないからね……」


 嗤った。


壁|w・)次から学園に戻ります。でもその前に、別視点を挟みます。

ティナ、ブロソ、さくら過去の順番になるでしょうか。多分。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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