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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年前休暇

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「それじゃあ料理を運んでくるね」


 ティナはそう言うと、小走りでその場を後にした。途中ですれ違う宿泊客に挨拶をするのを忘れないのはさすがというべきか。ただ今日のティナを見てみると、やはり思ってしまうことがある。


 ――貴族には見えないわね。

 ――あはは……。まあどちらかと言えば貴族の位を与えられた平民だからね。下級貴族、特に男爵家はどこもこんなものだよ。


 リリアの今までの交友関係に当然ながら下級貴族も平民も存在しなかった。ティナが初めての友人だ。そのために他の男爵家がどういったものかも当然知らない。

 兄へと視線を向けると、兄は出された水を特に警戒もせずに飲んでいた。


「ん? どうした?」

「男爵家というのは、どこもこのような家なのですか?」


 そう聞くと、兄は一瞬だけ目を見開き、次に嬉しそうに頬を緩めた。


「お前が下級貴族に興味を持つ日が来るとはな……。質問の答えだが、そうだ。男爵家、というよりも下級貴族はどこもこういった家だ。何かしらの商いをしている家が多い。領地なんてものも持っていないからな」


 そこで兄は言葉を止めた。少し考え、違うな、と首を振る。


「一応は、領地があると見ていいのか」

「あるのですか?」

「うん。まあ、ここだな」


 兄が足で床を軽く叩いた。首を傾げるリリアに、兄が言う。


「男爵家に与えられる特権の一つだな。ブレイハ男爵家を例に出すなら、この宿の敷地がブレイハ男爵家の領地だ」

「狭い領地ですね」

「それでも領地だ。平民では持つことはできない。……ああ、きたみたいだぞ」


 兄の声に振り返ると、ティナが料理を運んでくるところだった。料理の盛られた皿を二枚運んできているのだが、何故かティナの表情には困惑の色がある。どうしたのかと不思議に思うリリアの目の前に、料理が並んだ。


「お待たせしました。えっと……。お父さんが、クロスさんにこれを頼まれたらしいんですが、間違いないですか?」


 目の前に並ぶ料理。学園でも食べたことがある、野菜炒めだ。


「お兄様……?」


 兄は笑顔だった。とてもいい笑顔だ。


「いやあ、こういうものは、お忍びの時でなければ食べられないからな。リリア、勝手に決めてしまったが、構わなかったか?」

「え? ええ、まあ……。構いませんが」

「良かった。俺も学園に通っていた時は時折食べていてな。大好物なんだ」


 そう言いながら兄は箸を持つと、野菜の塊を持ち上げた。自然とそれを目で追ってしまい、それを見て、リリアは凍り付いた。そんなリリアの様子には気づかずに、兄が大きく口を開けて食べ始めた。


「うん。うまい」


 兄はとても嬉しそうだ。リリアは目の前の料理に視線を落とす。どうしても頬が引きつってしまう。

 嫌いなものは入っていない。リリアにとっての嫌いなものは。


 ――さくら……。

 ――…………。我慢する……。


 とても泣きそうな声だ。リリアは緊張した面持ちで箸を持ち、しかし動けずに凝視してしまう。野菜炒めを、というよりも。

 ピーマンを。


「リリア。どうしたの?」


 ティナの声。見ると、こちらもやはり笑顔だった。


 ――どうしよう。今まで天使だと思ってたのに、悪魔の笑顔にしか見えない。

 ――さくら。大丈夫?

 ――ま、まかせろー。てんしちゃんをなめるなよー。


 棒読みだ。無理しているとすぐに分かる。リリアは小さくため息をつくと、箸を置いた。


「ティナ。ごめんなさい」

「え?」

「私、どうしてもこの野菜だけは食べられないの」


 ピーマンを指差すと、ティナは納得した表情で頷いた。リリアの皿を持ち、


「お父さんに聞いてくるね」


 そう言って外へと駆けていく。

 安堵のため息をつきながらふと兄を見ると、こちらを見て固まっていた。


「嫌い、だったか……?」

「いえ、その……。色々とありまして……」


 説明できるはずもなく目を逸らすと、幸い兄は特に追求してくることもなく、そうか、と頷いただけだった。


 ――ごめんね、リリア。

 ――気にしなくていいわよ。


 そう言っても、さくらは気落ちしたように静かになってしまっている。今更何を気にしているのか分からないが、正直どう声をかけていいのか分からない。結局リリアは何も言わず、ティナを待つことにした。

 そして戻ってきたティナが持ってきたものは、ピーマンなしの野菜炒めだ。どうやらわざわざ作ってくれたらしい。リリアは礼を言って、それを食べ始めた。




 夕食後は当然ながら周囲は真っ暗になっていた。月明かりが町を照らしてはいるが、淡い光なので出歩く人は少ない。どの家も光を発する魔法陣を利用しているのか明かりが漏れているが、おそらくじきにそれすら消えていくだろう。

 ブレイハの宿は、廊下に等間隔で魔法陣の描かれた紙が並んでいるため、そこまで暗いということはない。部屋に戻ることに苦労はしないのだが、この明かりも全員が部屋に戻れば消し始めるそうだ。


「一応部屋には持ち歩ける魔法陣の紙を常備してるけど、あまり出歩かないでね。大丈夫だとは思うけど、それでもやっぱり何も知らない人が泊まっていたりするから」


 ティナからの注意に頷いて、リリアは兄と共に部屋に戻った。部屋の前で兄と別れ、自室の扉を開けた。


「…………」


 そして閉めた。


 ――今のは……なに?

 ――くま?


パソコンの修理が終わるまで感想の返信などはストップします。

毎日投稿は多分ですが続けられそうです。


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ではでは。

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