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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年前休暇

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「ティナ! 遅かったじゃないか!」


 宿に入ってすぐに、ティナは男に抱きしめられていた。その直後に男が女に頭を叩かれた。リリアが唖然とその様子を見守っていると、ティナは苦笑しつつも教えてくれる。


「お父さんとお母さん。ごめんね、騒がしくて」


 ティナの両親はティナのその言葉におや、と不思議そうな顔をして、リリアを見た。そしてその手を見る。ここに来るまでの間にティナに手を取られ、未だに繋いだままだ。


「まさか、ティナの……友達、かな……?」

「まあ、そうですね」


 男の行動が予測できずに頬をわずかに引きつらせて、リリアは頷いた。すると男は満面の笑顔になった。


「おおお! そうか! 君がそうか! ようこそ温泉宿ブレイハへ! 歓迎するよ!」


 男がリリアの手を取り上下に大きく振る。リリアはされるがままだ。女の方は、難しい表情をしていた。


「ティナの手紙にあった友達ということは、もしかして……」


 その女の言葉に、男が動きを止めた。慌ててリリアの手を離す。さすがに男の頬も引きつっていた。


「まさか、公爵家の……?」


 どうやらティナから事前に聞いていたらしい。それなら気づくのが遅すぎるだろうと思いながらも、リリアは笑顔で言った。


「初めまして。リリアーヌ・アルディスと申します。以後お見知り置きを……」

「大変失礼致しました!」


 男が勢いよく頭を下げる。いい加減面倒くさいと思ってしまう。


「再会の喜びは分かるが、先に手続きをしてもらえないか?」


 兄のその言葉に、男が吠えた。


「後にしろ! アルディスの方の対応が先だ!」

「リリアは俺の妹だが」

「大変失礼致しました!」


 落ち着きがない父親もいたものだ。ティナは困ったような苦笑を浮かべ、女はやれやれとため息をついている。その様子を見て、リリアは頬を緩めた。


 ――とてもいい家族ね。ティナが羨ましいわ。

 ――あはは。そうだね。


 さくらもその様子を見て、とても楽しげに笑っていた。




 外から見ただけでは分からなかったが、どうやらこの宿は奥に延びる造りをしているらしい。玄関から入ってすぐは受付などがある小さなエントランスになっており、その隅に階段がある。階段を上った先の二階と三階は真っ直ぐに延びる廊下があり、その両側にそれぞれの部屋の扉が並んでいた。二階と三階に客室が並び、一階は食堂やブレイハ家の居住スペースだそうだ。


 リリアたちに割り当てられたのは三階の最奥の部屋で、この宿で最も広い部屋だそうだ。確かに他の部屋との間隔を見てみると一番広いのだが、それでも本邸のリリアの部屋よりも少し広い程度だった。


 ――いや、リリアの部屋が広すぎなだけだからね。

 ――分かってるわよ。


 部屋の隅に荷物を置く。ちなみに兄は隣の部屋だ。この部屋よりも一回り小さい部屋なのでここは兄が使うべきだと思ったのだが、兄は小さい方がいいとのことだった。


 ――それにしても、意外と小さな宿ね。貴族が経営する宿とは思えないわ。

 ――確かに大きな宿じゃないけど、とっても古い宿なんだよ。もちろん建て替えとかはやってると思うけど、ブレイハ家がずっと経営を続けていたのは間違いない事実だから。大きさじゃなくて期間を評価されたんだよ。

 ――へえ。本当に詳しいわね。さすがに気持ち悪いのだけど。

 ――ひどい。


 扉がノックされ、リリアはさくらとの会話を打ち切った。兄かティナだろうか。扉を開けて、


「……っ!」


 悲鳴を上げそうになるのを慌てて堪えた。訪ねてきた男の顔を、といっても顔は分からないが、睨み付けた。


「何の用よ、ブロソ」


 少しきつい言い方になったが、今回はさくらは注意しない。理由は単純、さくらもどうやら本気で驚いていたらしい。

 ブロソは何も言わず、リリアの部屋をゆっくりと見回した。本当に何なのだ、とリリアの眉が少しずつ吊り上がっていく。一通り見回して、ブロソは何故か満足そうに頷いた。そしてリリアへと頭を下げて、立ち去っていった。


「えっと……。本当に何をしにきたのよ……」


 リリアがブロソの行き先を見守る。今度は兄の部屋の前で立ち止まり、ノックした。すぐに兄が出て、やはり同じように部屋を見回しているらしい。兄は特に何も言わず、むしろ横に避けてよく見えるようにしてやっていた。

 満足したのか、再びブロソは頷くと、兄に頭を下げて立ち去っていった。


「お兄様。あれの意味が分かるのですか?」


 リリアが問いかけると、リリアが部屋を出ていたことに今気づいたのか、少しばかり驚いたように振り返った。すぐに頷いて、言う。


「部屋の状態を見ていたんだろう。誰かが隠れる場所はあるかどうか、とかな。詳しい判断基準はブロソしか知らない。後で聞いてやろうか?」

「いえ。そういうことでしたら構いません」


 リリアが安堵の吐息を漏らすと、兄がいたずらっぽく笑った。


「もしかして、リリア。ブロソが怖かったのか? いやあ、リリアにも可愛いところが……」

「お兄様?」

「何でも無い。忘れてくれ」


 リリアの笑顔に、兄はすぐに視線を逸らした。ため息をつきながら、リリアが言う。


「だいたい、あんな格好、いきなり見たら誰だって怖がって……」

「きゃあ!」


 リリアがそう言っている間に、廊下の奥、階段の方から可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。あの悲鳴はティナのものだろうか。兄と顔を見合わせ、その場で少し待ってみる。すぐにティナが姿を現し、何度も階段の方を見ながらこちらへと歩いてきた。


「び、びっくりした……。ブロソさん、せめて兜ぐらい脱いでくれないかな……」

「すまん……」


 ティナから目を逸らし、兄は消え入りそうな声で謝った。


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ではでは。

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