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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年前休暇

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 レイの馬車を見送ってすぐにリリアたちが乗る馬車の準備も終わったようだった。使用人たちがクロスへと何事かを報告している。リリアとティナは執事に促されて馬車に乗り込んだ。


「いろいろと世話になったわね。他の者にも伝えておいてもらえる?」


 そう声をかけると、執事はしっかりと頷いた。


「畏まりました。伝えておきましょう」


 兄がこちらへと歩いてきて、御者台に座った。兄が座るとは思っていなかったのか、ティナが隣で、え、と口を半開きにして驚いている。リリアはわずかに笑みを零しながら、執事へも笑顔を向けた。


「行ってくるわ」

「はい。お気をつけて行ってらっしゃいませ。それと、あまりご無理はされませんように」


 何のことかとリリアは首を傾げるが、執事はそれ以上は何も言わなかった。だが何故か、さくらがわずかに息を呑んだのが伝わってきた。

 恭しく執事が頭を下げるのと同時に、馬車は走り始めた。




 馬車での生活は快適とは言えなかったが、たまには悪くはないと思えるものだ。別邸の時と同じように午前中はティナと共に勉強をし、午後はのんびりと読書を楽しむ。時折御者台に座って兄と少し会話をしたりもした。黙っている時間の方がずっと長かったりもするが、そういった時はさくらと会話をしている時だ。


 ――いぬだ! いぬっぽい何かだ! あ、うまだー!

 ――落ち着きなさい。馬ならそこにいるでしょう。


 さくらはずっと騒がしい。さくらと話をしているだけで楽しいと思える。ただ心の中での会話なので、あまりそれに集中しすぎるとティナと兄から心配そうに見られたりもするのだが。


「体調でも悪くなったか? おい、水を」


 兄が言うと、横から水の入ったカップが差し出される。リリアはそれを引きつった笑みで受け取りながら、渡してきた者を見た。

 黒い鎧に顔まで隠す兜の男。初日の晩に合流したこの男は兄の部下で、ここからの護衛らしい。無口だが腕は立つ、とのことだった。


「少しは喋ったらどうなの?」


 そう聞いてみても、男は何も言わず下がっていく。この護衛は馬車に乗らず、自分の馬でここまで来ていた。馬の上で器用に水を用意したというのだから驚きだ。

 自己紹介すらも自分ではせずに、兄から名前を聞いた。ブロソ、と。

 馬車に揺られながら、その側でブロソが随行しながら北へと進んでいる。大きな問題もなく、のんびりとした旅だ。


 ――順調だね。


 ある日、夕食を終えて毛布に横になった時に、さくらがそんなことを言った。


 ――そうね。明日にはティナの町に着くらしいわ。

 ――うん。それもそうだけど、ね。


 さくらの言葉の歯切れが悪い。リリアは首を傾げるが、しかしさくらもそれ以上は何も言わなかった。


     ・・・・・


 リリアが眠り、さくらのいる場所は闇に閉ざされる。しかしさくらは、ずっと物思いにふけっていた。

 問題はない。順調だ。このままいけばいい。そうは思うのだが、しかしさくらの表情は晴れない。

 順調すぎる。

 何か、大切なことを見落としていないだろうか。このままいくと、どこかで大きな失敗をしてしまうような気がする。妙な焦燥感に駆られるが、しかしその原因がはっきりとしない。


「気持ち悪い……」


 そう。気持ち悪い。リリアは変わろうとしている。さくらの言葉に従い、変わろうとしている。いや、むしろもう変わったというべきかもしれない。

 だが、そう簡単に変われるものか?

 考えてみても分からない。さくらはリリアの心の片隅に棲まわせてもらってはいるが、彼女の心の全てを覗くことなどできないのだから。リリア本人に聞いてみても、きっと惚けられるだろう。本人ですら気づいていない可能性もある。


「大丈夫……。大丈夫だ」


 結局さくらには、そうして自分に言い聞かせることしかできない。闇の中、ずっとさくらは大丈夫だと呟き続けていた。リリアの心のどこかに聞こえますようにと。


     ・・・・・


「リリア! 見えてきたよ!」


 ティナの楽しげな声に、リリアは本から顔を上げた。本をその場に置き、御者台へと向かう。

 馬車の行く先に町が見えていた。それなりに大きな町のようで、リリアが見ている間でも何台かの馬車が出て行ったり入って行ったりしている。人の行き来がある町らしい。

 町に近づいて行き、リリアは驚きで目を瞠った。

 とても賑やかな町だった。道には露店が建ち並び、大勢の人が行き交っている。露店は売買の店だけでなく、ちょっとした遊びを提供しているものもあった。子供たちがそれに興じている。とても楽しそうに見えて、興味を覚えてしまう。


「リリア。後で一緒に行こうね」


 ティナの笑顔の言葉。表情から何かを察せられたらしい。リリアはわずかに頬を染めて、小さく頷いた。

 この町は北区と南区に分けられているらしい。南区は露店や商店などが建ち並び、夜になるまで大いに賑わっているそうだ。年中この調子とのことだった。

 その南区を抜けての北区は、住宅街や宿泊施設が並ぶ。ティナの宿はその北区の中央にあった。三階建ての木造の宿で、他の宿と目立った違いはないように見える。ただ敷地は広く大通りにも面しているため、馬車で来た者にとっては便利だと言える。


「ここ?」

「うん。あ、クロスさん。庭の隅に馬車を留めるスペースがあるので使ってください。馬の世話も有料ですけどやっています」

「分かった」


 敷地に入り、ティナの示した場所に馬車を留める。すぐ側には小さな小屋があり、そこから男の老人が出てきた。馬車と馬を見て、次にティナへと視線を向けた。


「ただいま、おじいちゃん」

「おかえり。お客様、馬の世話はいかがしましょう」

「頼む」


 どうやらこの老人がティナの祖父らしい。兄は老人から提示された金額を渡して、奥の宿へと向かった。リリアはと言えば。


「ほうほう。ティナのお友達と。嬉しいのう。ティナのお友達が訪ねてくるなんて何年ぶりじゃろう」


 老人は嬉しそうに顔を綻ばせている。それを見ているとどうにも気恥ずかしい気持ちになってしまう。


 ――照れてるリリアが可愛い。よし、テレリアと呼ぼう。

 ――黙りなさい。

 ――ごめんなさい。


 小さくため息をつき、ティナに促されてリリアも宿へと向かった。


本日2話目です。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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