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「いつから気づいていたの?」
「最初からです。部屋を出て行くのを見かけたので、失礼だとは思いつつも後をつけさせていただきました」
「そう。あの物音は貴方だったのね」
作業に戻ろうとして、ふとリリアは手を止め、さくらに問うた。
――さくら。気づいていたんじゃないの?
――さて、何のことかな?
惚けるような声に、リリアはため息をついた。やはり執事がいることに気づいていたようだ。リリアに言わなかったことには何か理由があるのだろうか。
「そう言えば、止めないの?」
執事に聞いてみる。執事は笑顔のまま答えた。
「クロス様より、お嬢様が書斎で何をしようとも黙認しろ、と命じられております」
「そう」
どうやら兄にはある程度の行動を読まれていたらしい。そのことに妙な気恥ずかしさを覚えてしまい、自然と頬が赤くなった。幸い今も淡い光しかないので執事に見られてはいないだろう。
――照れなくてもいいのに。
――うるさいわよ。
「でもそれなら、隠れてやる必要はなかったわね」
「いえ。この指示を受けたのは私だけですから、昼間に堂々ととなると、止めなければいけませんでした」
どうせならメイド全員にも伝えておいてほしいものだと思うが、この執事が一番信用できるからと命じていたのかもしれない。いくら考えても、リリアのこれは推測にしかならないのだが。
気にせず作業を進めていると、横から見ていた執事がなるほど、と頷いた。
「お嬢様。お手伝いさせていただいてもよろしいですか?」
「え? 構わないけど……。分かるの?」
「見て覚えました。お任せください」
長年アルディス家に仕えているだけあり優秀だ。リリアは感嘆のため息をつきながら、よろしく、と頷いた。
「その前にもう少し明かりが欲しいところですね。失礼します」
執事は隅の棚から一枚の大きな紙を取り出した。それを床に広げて、何度か叩く、すぐに魔法陣が光り出し、部屋が明るくなった。
「ところでお嬢様。この作業は何のために? お嬢様がなさる必要はないと思うのですが」
「そうね。お兄様の負担が減るでしょう。そうすれば早くここを出ることができるでしょう。ティナを早めにご両親に会わせてあげたいのよ」
何を考えているのか、執事はしばらく黙り込んだ。しばらくして、そうですかと漏らした声は、どことなく嬉しそうな響きがあった。
「ですがお嬢様。それならティナ様だけ先に帰らせれば良かったのでは?」
「私もそれは考えたけど、断られそうな気がして聞いてないわ」
推測だが間違ってはいないと思う。
「ふむ……。友人同士でなければ分からないことでしょうか。私も微力ながら協力します」
微力、とはよく言ったものだ。どう見てもリリアよりも作業が早い。これが経験の差というものだろうか。気にしても仕方がないので、リリアも作業へと戻った。
窓からの景色が白み始めた頃。ようやく全ての作業を終えた。整理の終えた書類を机に戻すと、紙の山は半分以下の量になっていた。まとめる前の書類は床に山積みにされている。兄が確認するまでは捨てるわけにはいかないだろう。
――おつかれ、リリア。
――さくらもね。貴方は休んでいても良かったのよ?
――私は指示を出すだけで楽だから気にしなくていいよ。
そんなものか、と思いながら、リリアは執事に顔を向けた。
「ありがとう。助かったわ」
執事にそう言うと、彼は穏やかな笑みを浮かべ、いえ、と首を振った。
「私としても勉強になりました。あのようなまとめ方は今まで知らなかったものです。お嬢様はどなたから教わったのですか?」
どう答えたものだろうか。リリアは少し考え、そしてすぐに答えた。
「私の、一番の親友に」
――え……。
さくらから呆けたような声が聞こえてくる。リリアは笑みを堪えながら、
――何よ。嫌なの?
――嫌じゃないよ! えへへ……。
嬉しそうなさくらの笑い声。単純だな、と思うが、嘘は言っていない。
さて、とリリアは立ち上がった。執事の目はあるが、気にせず大きな欠伸をする。堪えられなかっただけでもあるが、今更この執事の前で取り繕っても仕方がないだろう。ぐっと伸びをしてから執事に言った。
「私は部屋に戻って少し休むわ。ティナたちには適当に言っておいてもらえる?」
「畏まりました。まだ体調が優れない、とでも言っておきましょう」
「それは……。また心配させてしまいそうだけど、まあ、いいわ。お願い」
寝不足のためか少しばかり気分が悪いのも事実だ。リリアは欠伸をしながら書斎を後にした。
リリアが目を覚まして最初に見たものは、ティナの心配そうな顔だった。目を開けたリリアを見て、ティナが嬉しそうに顔を綻ばせた。
「リリア。具合はどう? 大丈夫?」
寝起きのために頭が働かず、一瞬何を聞かれているのか分からなかった。すぐに執事が伝えたであろう内容を思い出し、やはり心配させてしまったかと少しばかり後悔した。
「ええ。もう大丈夫よ。ありがとう」
体を起こし、窓を見る。外はもうすっかりと明るくなっていた。
「ティナはこんなところで何をしていたの?」
「リリアが心配だったから。あ、でも勉強はちゃんとしてるから!」
「そう。ならいいのだけど」
ちらりとテーブルの方を見てみると、確かに勉強道具らしきものはあった。真面目に取り組んでいたかまでは分からないが、ティナのことだから大丈夫だろう。
「ところでティナ。昼食の時間はもう過ぎているの?」
「うん。少し前に食べたところだよ。あ、メイドさんに何か食べるものをらってくるね」
そう言うと、ティナは部屋の外へと駆けていった。それを見送ってから欠伸をして、テーブルへと向かう。
――もう少し寝ていた方がいいんじゃないの?
さくらの声に、リリアは首を振った。今から寝るとまた夜に眠れなくなる。そう言うと、それもそうかとさくらも納得したようだった。
――でもやっぱり辛いわね……。今日は部屋で大人しく過ごしましょう。
――うんうん。子守歌を歌ってあげる!
――貴方は私の話を聞いていたのかしら?
冗談だよ、とさくらが笑うのを聞きながら、リリアもわずかに頬を緩めた。
その日はそのまま部屋で勉強をして、夕食の後はすぐに就寝した。
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ではでは。




