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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢おち

作者: ぼっち球

 気がつくとビルの屋上だった。

 月は雲の後ろに隠れ、ぼんやりとした月光が雲に滲んでいる。

 下に目をやると車の渋滞が帯のように永遠と(つら)なっている。


「ああ、夜か」


 ここでようやく自分が何故ビルの屋上に立っているのかを知った。


「そっか、そういえば自殺するんだったっけ」


 屋上にはフェンスなど無く、一歩踏み出すだけで命を捨てる事が出来る。

 簡単に煩わしい人間関係やストレス、嫉妬、妬み、自己嫌悪、その他諸々から解放されるんだ。

 そう考えると全然怖くない。私は玄関を出るような気軽さで最期の一歩を踏み出した。




 死ねなかった。足から着地してしまったからだ。

 朦朧とする意識を叩き起こすのは、激痛だった。ぼろぼろの皮膚から砕けた骨が生えている。


「痛い……痛い。痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


 血溜まりの中でひたすら痛みが襲ってくる。

 次第に声は大きく、発語も曖昧な獣の唸り声のようになった。


 だが、誰も助けに来ない。誰も、いない。


 骨に突き破られた皮膚の痛みと助けが来ない絶望、このまま死んで行く不安感で狂いそうだ。


「やめてくれ 助けて

  痛い   死にたい  ふざけんな

 やめて  嫌だ

   死にたくない 助けて  苦しい」


 口が壊れたラジオみたいに言葉を発し続けている。

 意識はこんなに冷静なのに。まるで心と身体が分かれたみたいだ。







 気がつくとビルの屋上だった。

 月は雲の後ろに隠れ、ぼんやりとした月光が雲に滲んでいる。

 下に目をやると車の渋滞が帯のように永遠と(つら)なっている。


「ああ、失敗したんだっけ」


 足から着地したせいで、とても痛かったんだ。


「頭から落ちないと」


 フェンスなど無いビルの屋上の縁に立つ。

 今度はお辞儀をするように、真っ逆さまに命を捨てた。




 死ねなかった。ビルの周りに植えられていた木々がクッションになったらしい。

 痛みが意識を強引に起こしている。


 耳が聴こえない。

 恐る恐る歪に曲がった腕で確めると、木の枝が刺さっていた。右目も開かないのは同じ理由だろうか。


「痛い……痛い。痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


 また口が壊れた。でも、今回は口元から頬まで痛い。大きく裂けているようだ。

 息が仄かに甘ったるく、鉄臭い。これが血生臭いってやつだろうか。








 気がつくとビルの屋上だった。

 月は雲の後ろに隠れ、ぼんやりとした月光が雲に滲んでいる。


 さて、今度こそは即死したい。

 痛く苦しいのは嫌だ。なんで死ぬ時まで苦しまなくてはいけないのだ。


 下をよく見て障害物が無いことを確認した後、慣れた足取りで踏み出した。






 死ねない。

 何度落ちても苦しく痛い。うまく頭からアスファルトにぶつからない。

 その度に折れた骨が皮膚を突き破る。内臓をズタズタにする。失敗する。


 何度目だろう。

 ビルの窓に映る、真っ逆さまに落ちてゆく自分の姿を見て確信した。やっと、成功だ。

 意識が(つい)える直前に感じたのは髪が地面に触れる柔らかい感触だった……



~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 耳障りな目覚まし時計を叩きつけるように止めると、心地よい朝日がカーテン越しに感じられた。

 ああ、今日は平日か。


「仕事ダルい……」


 愛妻弁当を手に、いつもの通り家を出た。

 私の仕事は窓拭きだ。高層ビルの窓の外側を拭く地味な仕事。

 愛する妻と2歳になる可愛らしい息子を養うには薄給で苦労もあるが、同時にやりがいも感じる。


「あ、そういや来週は結婚記念日か」


 そうだ、帰りにケーキでも予約してこよう。

 仕事中にそんな事を考えていた矢先、突然の突風が身体を足場から押し出した。



 頭から落ちないと。



 焦りは無かった。

 どこのケーキ屋にするかを考えながら感じたのは、髪が地面に触れる柔らかな感触。

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