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げに恐ろしきは金である。
なんやかんやあって、大学生の身分で借金まみれになってしまったオレが金策を頼んだのは、心霊研究家を自称する伯父だった。
心霊写真の鑑定を請け負ったり、漢字と梵字とルーン文字を混ぜ書きにしたお札を売ったりして法外に稼いでおり、金だけは腐るほど持っていた。が、その怪しげな商売、太めの体にボタンが弾け飛びそうなラメ服を着こなす怪しげな風体、顔に傷がある人とタメで話す怪しげな交友関係、生え際は白いのに妙に頂部が黒々した怪しげな毛髪───いやこれは関係ないか───ともかく怪しさ大爆発な彼は、他の親戚筋からはほとんど勘当の扱いを受けていた。
オレ個人は、子供の頃からそれなりに仲がよく、あまり警戒心はなかった。むしろ、いつもこっそり小遣いをくれるという意味でいい人だった。
金を借りたい一心で訪ねたオレに伯父貴は、借金は肩代わりするから、その分自分の助手として働け、と言い出した。来客に茶を出したり書類の整理をするだけで、借金が帳消しになるというのだから、一も二もなくオレは従ったのだ。
オレは霊なんてこれっぱかしも信じていない。
伯父がやっているのも、インチキだとすぐにわかった。傍目で見ればカラクリは簡単だ、いわゆるホットリーディングである。先に探偵だのヤクザだの使って調べ上げておいたことを、霊のお告げですと、さも今わかったかのように相手に伝える。相手がほほぅと感嘆したら、後はやりたい放題だ。まこと、信用を勝ち取れば商売はうまくいく。セオリー通りである。
オレはそれが詐欺とか悪事だとか思わなかった。伯父の話術は巧みで、特殊なカウンセリングと思えば素直に納得できた。まして、あなたひとりにだけお届けするステキな心霊マジックショウつきなんだから、サービス業として多少値が張るのは当然だ。罪の意識など、あるはずもなかった。
「こんにちは」
雑居ビル内の事務所に、澄んだ声とともに少女が現れたのは、衣替えを過ぎたにしては涼しく穏やかな、梅雨入り前の午後だった。四時を過ぎるか過ぎないかだったと思う、夏至が近いから、夕方というにはまだ早い。
「はじめまして。わたくし、ミーディアムユニオンから参りました沢野瀬紫子と申します。塚堂祐斎さんはいらっしゃいますか?」紫子は深々と頭を下げた。顔を上げるまで体の軸がまったくぶれなかった。手を前に合わせて学生鞄を持つ立ち姿が、しゃんとしてまっすぐだ。
オレはその見慣れないセーラー服姿を、多分に驚きをもって見つめた。近所の中学の生徒が、心霊関連の単語が並んだ看板を見て、友達同士連れだってひやかしに入ってくることはままある。が、それ以外に中学生が入ってくる理由はなく、入ってきても、壁に掲げられた漆文字の料金表を見て逃げていくのが常だ。
紫子はひとりきりだった。鋭い視線に、きゅっと結んだ唇。何より、年相応のおしゃれやホビーとは無縁そうなおかっぱ黒髪。見た目からは、どこを取っても遊び半分な様子はなかった。
セーラーのラインに特徴があり、それがどこの制服だったか思い出せた。あれは、二駅ほど離れた町のお堅いお嬢様学校のものだ。礼儀作法にうるさいところと聞いてはいるが、なんともどうだ。学校教育だけじゃない、常日頃から厳しい躾けを受けた生粋の大和撫子なのだろう。明らかに平成生まれなのに、醸し出す雰囲気が、そこだけ昭和……いや、へたをすると明治大正期までさかのぼっていた。明治大正がミニスカートとニーソックスを履いている。
そのとき、塚堂祐斎、つまり伯父はいなかった。オレだけが留守番をしていた。
「えっと……おじさ……いや、祐斎先生は不在で」その優美さにアテられて、しどろもどろになりそうなところを何とかこらえ、オレはどうにか紫子を応対した。「自分は、事務を担当してる甥の塚堂洋介。えーと……御用は何? 先生に相談なら、ウチは予約制だから、まず申し込みを……」
「相談ではありません」彼女は、ボールペンを胸ポケットから抜きかけたオレの手をさえぎって言った。「ミーディアムユニオンの使いです。少々、確認したいことがございまして」
「なんにしたって、アポを入れてから会いに来てくれないと困るんだけどなぁ……」
伯父からは、客以外を事務所に入れてはならんと常々言い含められていた。まして、同業者だと思ったら、いかなる理由があっても追い返せと言われていた。そりゃそうだろう。インチキがバレてもネタをパクられても困るし。
しかし、下手に受験英語だけを学ぶものではない。ミーディアムという単語をオレは知っていた。メディアの単数形だ。オレはすぐにマスメディアを連想し、だからそのユニオンとやらを、てっきり市民ニュースの記者団体か何かだろうと思った。そういうところなら、やる気のある中高生をメンバーに加えていてもおかしくないし、だったら邪険に追い返すのもまずかろうと思ったし、てゆーかオレはそのとき、暇な留守番タイムに現れた美少女を追い返さなくてすむ理由を探していたのだ。
紫子はといえば、こちらがいいとも悪いとも言う前に、応接用のソファにさっさと座り込んでいた。「いらっしゃらないのでしたら、しばらく待たせていただきます」あぁ、座る姿勢もきちんと背筋が伸びていて、なんとも麗しい。……とと、感心している場合ではない。これほどの大和撫子ならば、つつましやかでおとなしくて引っ込み思案な性格かと、勝手に決めつけかけていたが、意外にキツそうだ。慇懃無礼というのか、こういうお嬢さんが歳を取ると、「ざぁます」という語尾をつけるのかもしれん。親の顔が見たいな、とちょっと思った。
茶でも入れてこようかと場を去りかけたオレの背中に、紫子の声が飛んできた。「待つ間に、こちらで所蔵していらっしゃるという心霊写真を拝見したいのですが」やはり言葉の端々にひとの都合ってものを考えた形跡がなく、少々とげとげしい。立てばシャクヤク座ればボタン話す姿は鬼アザミ。
……心霊写真なら、確かにある。正確には、伯父がそう主張する写真が、事務所には大量に眠っている。鑑定を依頼されるそれっぽい写真の大方を、祈祷するといって取り上げるのだ。
無論祈祷などしない。丁寧にアルバムに収め、そのまま伯父の営業用カタログに変わるだけだ。出版社に売り込む腹づもりもあるらしい。
心霊写真なんてものは本来、撮影の専門家が見れば、ひとめで技術的なトラブルかトリックであると見破れる。無論見破られては困るので、それは勝手に来客に見せてはいけない決まりだった。
しかし、紫子は写真に詳しそうには見えなかったし、どうも彼女のキツい視線と口調はお断りしにくい。報道関係者に逆らうと何書かれるかわからんしな、と勝手に理由をつけて、オレはアルバムの一冊を言われるままに彼女に手渡した。
彼女はアルバムを開いた瞬間に、ハァと大きな息をついた。それから気のなさそうにぱらぱらとページをめくっていたが、特に写真を詳しく分析するでもなく、アルバムを閉じて言った。「……やはり、心霊写真ではありませんね」
「え」まぁ、そのとおりなのだが、チラ見しただけであっさり言われるのは、なんかムカツクな。「何でわかるの」
「わたくし、霊が見えますもの」
紫子はさらりと答えた。冗談を言っているようには見えなかった。ってことは、デンパか。オレは天を仰いだ。いるんだよなぁ、こういう手合い。美少女なのに。もったいない。
……とか考えているのが伝わったらしい。
「信じてませんわね?」
「あ、えっと、うん、全然」
「かまいません。疑われるのは慣れています」少しだけ吊り目が緩み、寂しげな表情が浮かんだ。悪いことをしたかなと心の片隅で思ったが、だからといって霊を信じるわけではないんで、オレはただ頭をぽりぽりかくしかなかった。




