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審議しようか  作者: ポッポ
はじまりの第一事案
6/12

西口和人

「何だ、これ?」


 大和は放課後、昇降口にいた。何の不思議もない、授業が終わったので今から変えると ころである。結局今日も仲直りすることは無かったのだが。


 スマホが震えてポケットから取り出すと、覚えのないアドレスからメールが届いた。取りあえず件名を見ると陪審部活動報告と書かれてあった。


「陪審部!?って何で...。」


 勢いで本文を見た。


『陪審部活動報告

 事案:トランプタワー倒壊による口喧嘩

 対象者:一国大和、滝川明希......』


 誰かの悪戯だろうと高を括っていた大和だったが、その後の議論内容を見て固まった。


「何で、このこと....」


 そこには大和たちが高校生になってから誰にも話したことのない内容が記されていた。急に恐怖を感じ、辺りを見渡す。夕陽に照される大和の影が大きく動いた。更に先を読むと、審議結果があった。


『以上の点の結果、我々は滝川明希を処罰することとした。執行日は6/18。それまでに関係が改善された場合、減罰を考慮する。』


「そんな...明希が...」


 暫く立ち止まっていたが、決意を決め顔を上げると教室へと走り出した。



 *



 大和と明希と和人は所謂幼馴染みである。小さなときからいつも一緒だった三人の間には隠し事は一切ない。それほどの強固な絆が三人の間にはある。


 和人は放課後の教室に一人佇んでいた。教室と聞けば真っ先に思い付くような類いの教室である。


 夕焼けに染まる教室は普段とは想像出来ないほど幻想的である。が、和人の心情はうってかわって複雑である。表情からは何も見てとれないが。


 和人は窓側の机に腰掛けグラウンドを眺める。そろそろ本格的に夏に近付く季節だ。ここから見ても暑苦しい位皆熱中している。


 外に意識を集中していたからか、和人は教室に近付く足音に気が付かなかった。それに気付いたのは彼女がドアを開けて現れた瞬間だった。


「......和人。」


 和人からは彼女の表情は逆光でよく見えなかったがきっと泣きそうな顔をしていることだろうと考え、また苦しくなる。こんな顔をさせたいわけではないのに。


 それでも声をかけられない自分に腹が立ち、やがて彼女から目をそらした。


「......あのね、私...」

「分かってる。」


 分かっている。分かっているがどうしてもあの言葉を聞き流せない自分がいる。彼女はかける言葉が見つからず黙ってしまう。


 あれは冗談だと、場の勢いで口走ってしまっただけだと自分の中では完全に割り切った気でいた。なによりこんな子供の喧嘩で三人の関係が崩れるのは嫌だった。それなのにだ。


 あれ以来和人は昔の記憶が鮮明に蘇るのであった。


 浮かぶのは近くの神社、きりっとした眉で手を伸ばす頼りになる少年と少女。聞こえるのはまだ声変わりをしていない、かっこをつけた声。





 和人は母子家庭である。物心ついた頃には父親はおらず、自分自身その時は気に留めていなかった。


 それがおかしいと感じ始めたのは小学生になってからだった。同級生に父親がいないことをばかにされたのだ。


 近所の同級生の親も母親を冷たい目で見ていることもそれからすぐに気づいた。


 和人は何が変なのか分からずただ悲しくなって、ひたすら泣くしかなかった。


 ある日、和人は近くの神社へ向かった。この建物には幸福や御縁を持って来てくれる神さまがいてお願いをすると助けてくれると母親から聞いたことがあるからだ。


 貴重なお小遣いから百円玉を取りだし賽銭箱へと投げ入れた。


 目を閉じ深く礼をして手を叩き、声に出して願いを告げる。

「お母さんがいじわるされませんように」


 目を開けてもそこに神様はいなかったが和人は少し気が楽になった。


 一段落し後ろを振り返ると一人の少年がじっとこちらを見ていた。


「うわぁっ!?」


 誰かに見られていたとは露知れず和人は盛大に驚いた。その反応に逆に少年も驚いた。


「おまえ、西口和人.....だっけ?」

「え、あ、うん......君は....?」


 少年は石段に座り和人を見る。恐らく同い年であろうその顔は同級生では見たことのない真剣な表情を映している。


「おれは一国大和、同級生。」

「あ、一国君...。」


 和人は新入生代表の挨拶が確か一国という珍しい名字だと思い出した。


「何か、用が.....?」

「おまえさ、親いないんだよな。」

「え....」


 唐突な質問に和人は狼狽える。今までのトラウマが瞬時に甦り寒気がする。しかし、大和の言葉からは彼らのような感情は含まれていない気がして混乱する。


「おまえ、おれが怖いのか?」

「え?いや、そうじゃないけど」


 今のは口をついて出た言葉ではなく本心からだった。


「.....なら立ってないで隣座れよ。」

「あ、うん。」


 和人も石段に座り大和を見る。顔付きは小学生そのものなのに何故か大人びている。少し間を空けると大和は再び口を開いた。


「親がいないってどんな感じ?」


 先程から直球過ぎる質問に思うところが多々ある和人だが、返事をするまで帰らせてくれなさそうな空気に押され、言葉を返す。


「おれは気にしたことはないんだ。だから、何でいじわるされるのか分からないんだ。」

「......きっと、そいつらも同じなんだろうな。親がいるのが普通だから何でいないのか分からない。」

「一国君にも親がいないの?」

「いるよ。両方」


 親がいるのにどうしてこんな話をするのだろうと和人は疑問を募らせる。


「おれの親が片親しかいない家族は周りから良い目で見られないって言ってた。ろくな親がいないって。」


 やっぱり一国君もよく思ってないんだ。和人は悲しくなって顔を俯かせる。落ち込んだ和人をみて大和はしまったとばかりに勢いよく立ち上がった。


「違うんだ!周りはそう思うだけでおれの親はそんなこと思ってないってことなんだよ!」

「......本当?」


 和人は顔を少し上げる。


「そうそう!おれも何とも思ってないから!」


 和人が頷くと大和は安心して息をついた。必死に励ましてくれる大和の表情からはさっきの真剣さが消え子供らしい表情へと変わった。


「おまえさ、泣いてばっかじゃどうにもならないぞ。」

「え?」

「悔しかったら殴れ!やり返すんだよ!」


 大和は拳を握り殴る素振りをする。和人は口を開いたままその姿を見る。


「さっきもおまえ、親を助けろって言ってなんで自分を助けろって言わないんだよ。」

「......だって、二つもお願いしたらめいわくかなって......」


 大和は和人を凝視する。和人は意味がわからずん?と頭を傾けると大和が大笑いした。


「あっははははっ!おまえ、へんなやつ、あはは!」

「え!?」


 何がおかしいのかと和人は更に混乱した。大和は腹を抑え、やがて笑い終えて和人に言った。


「じゃあさ、おれが助けてやるよ。」



良ければ次回も、ありがとうございました!



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