審議
「それで、どうやって調査するんだ?」
祐介があきれた表情で聞くのも無理もないだろう、小学生の喧嘩並の事件であるのだから。
「決まってるよ、聞き込みするのさ。」
親指と人差し指を立て、明後日の方角を指す。キラーンと効果音が聞こえてくるような動きに若干祐介は腹が立った。
「聞き込みって、陪審部は顔を知られちゃいけないんだろ。素性を隠して聞き込みなんて出来るのか?」
「そこで役に立つのがこのサイトって訳だ。」
幸平は待ってましたとばかりにノートパソコンに近づき、今回の書き込み部分を指差す。祐介は意味が分からず頭を傾けた。
「これが?」
「そう、話しをする前にこう言えば、相手に悟られず自然に聞き込みができる。」
幸平はそこで一旦言葉を切り、祐介を向いた。
『陪審部って知ってる?』
*
放課後の教室とはこんなにも静かなものだったろうかと祐介は考える。教室と言っても皆が真っ先に想像する、スタンダードな教室とは少し違うのだけれど。
教室の面積は半分程で真ん中にはソファーが木製のテーブルを挟んで二つずつ、その奥には職員室でよく目にする作業用机が一つ。さらにその奥の窓からは運動部の姿が見える。
黒板もないこの教室では何もすることがなく、ただ暇をもて余すばかりである。いや、何もしなくていいのだ。周りと時間が切り離され忘れられたこの空間だからこそ、自分という存在を今一度確認するためにも自然に身を任せるべきであるのだ。
祐介はソファーに座りゆっくりと目を閉じた。
「祐介いるー?」
「うわあっ!」
突然扉を開け現れた幸平に感傷的な気分になっていた祐介は一気に現実に引き戻された。
幸平はひよりと祐介の目を見て、よしと言葉を始めた。
「それじゃあ皆集まったことだし、審議しようか。」
じゃあ俺からと祐介が手を挙げた。
「俺は一国大和の一番の友人の西口和人から聞き込みをしたんだけど、要するに大和が喧嘩して拗ねてるだけだって。和人も大和が悪いって言ってたよ。」
ふむふむと幸平はメモ帳に証言を書き込んでいる。
「では私からも。私は滝川明希の友人、笹村美果から聞き込みをした。彼女が言うには、あの時彼女と滝川さんは友達とお菓子を食べながら話していて、彼女が滝川さんにタックルを仕掛けたら一国くんに当たってしまったそう。他にも多くの生徒が見てたから間違いないわ。」
祐介は全容を知れば知るほどモチベーションが下がっていった。幸平は真面目にメモを取っている。
「滝川さんは最初こそ軽い謝罪だったけど一国くんの機嫌がなかなか直らないから何度も謝ったそうよ。笹村さんも一緒に。」
「それでも機嫌が直らなかったからとうとう滝川も怒ったと。」
「でもそれは日常茶飯事な出来事らしいわ。問題なのは未だに仲直りしていないこと。普段は一日経ったら忘れるのに珍しいと言っていたわ。」
少々引っ掛かることもあるがこれ以上の真実は見つからないと半ば解散ムードの祐介である。
「偶々コンプレックスなことでも言われたんじゃないのか?どっちにしろ謝ってんのに子供みたいに拗ねてた大和が悪いだろ。何がそんなに嫌だったんだか。」
「私が気にかかるのは一国くんじゃなくて滝川さんの方よ。」
ひよりの何かを見つけた表情に二人は顔を向ける。
「滝川さん、喧嘩の後から様子が少し変らしいの。」
「まあ大和が未だに拗ねてるから調子も狂うだろ。」
「そうじゃなくて、滝川さんね、あの日から西口くんを避けてるみたいなの。」
「え... ?」
思ってもみない名前に祐介は戸惑った。幸平は相変わらずメモを取り続けている。勘違いではと祐介が尋ねるとひよりは首を振り当時の状況を詳しく説明した。
昼休み終了のチャイムが鳴る頃、ひよりは笹村との話しを終え教室を後にすると、右側から滝川がこちらへ歩いてきたのを目にした。特に気にとめなかったが、ひよりを通り過ぎる手前で滝川は急に足を止めた。不審に感じたひよりが滝川の目の先を見ると、そこには和人がいたらしい。和人も立ち止まって滝川を見たがすぐに教室に戻ったそうだ。
「滝川さん、なんだか気まずそうな顔をしていたわ。」
幸平はペンとメモ帳を置き、祐介を見た。
「ねえ、西口と話したとき何か気になった事はある?」
突然話しを振られ祐介は驚いた。当時の記憶を総動員させて考える。
「....いや、特に...あ、そういえば、 」
「何?」
「.....いや、何でもない。勘違いだと思うし。」
「些細なことでいいんだ。言ってみて。」
幸平に押され、仕方なく思ったことを伝えた。
「話の最後に俺が裁きは大したことないだろうなって言ったんだ。そしたら一瞬、ほんの一瞬だけ、顔の表情が無くなって、すぐに笑顔になったから特に気にしなかったんだけど。」
それだけ。と最後に付け加えて二人の顔を覗く。あの時はどうとも思わなかったが、こうも話しが転がると祐介も違和感を感じ始めてきていた。
幸平は暫く何か考えていたがやがて顔を上げた。その顔には何かを確信した表情が映っていた。二人は息を飲んでその姿を見る。
「俺はね、三山先生から聞き込みをしたんだ。」
時計の針がやけに煩く聞こえた。
また次回、ありがとうございました!