見えざる手
がさりと音がして振り向くと雨合羽がいた。
一人、雨ではない。しんと凪ぐ葉の海が雨合羽の後ろに広がっている。
カラフルな遊具も夜中になると途端に色を失い、沈黙してしまう。じ、じ、と電灯が鳴る音だけが聞こえて彼女は自身の息も聞こえないぐらい相手を見ていた。
「――――――」
「………」
空っぽの瞳と彼女の目が合う。
かちり、
どこからかそんな音が聞こえたかと思うと雨合羽がおもむろにその透明な手を彼女に差し出した。彼女も当然と言うようにその手を取る。
「――――――」
雨合羽のフードが言葉を発するように揺れ、彼女の手がまるで手を繋いでいるように引っ張られる。
「――――――」
こくん、と彼女は肯いた。透明な瞳を虚ろに見つめる。
ぼそぼそと雨合羽にしか聞こえない声で何か言葉を口にすると森の中へ手を引かれて行った。
見えない手が彼女の手首をつかみそこだけがすこし暖かい。
ほう、と息を吐き足を動かしていると。
「おい」
ぎ、と世界が軋む感覚。一瞬で元の場所へ戻ってきた。
「おい!」
肩を掴まれて無理やり振り向かされる。今度は見知った瞳が彼女を見つめていた。
「あ、」
「何か、もらった?」
「まだ」
「そう」
そう言うと彼は彼女を放り出し、ちらりとだけ視線を寄こして言う。
「君は、ここにいなくちゃいけないだろ」
「ごめんなさい」
「逃げようだなんて。ひどいよ」
「ごめん、なさい」
言いたいことだけ言うと、彼は掻き消えるようにしてどこかへ行ってしまった。
彼女はまた取り残された夜の公園で一人ぼうと座っていた。雨合羽が手を引いてどこかへ連れて行こうとしていたが、もともとが触れないのだ。咎がはまってしまった今はもう誰の声も聞くことができない。
ぽつりぽつりと落ちる雨も彼女には降ってこない。
「一人は……つまらない、なぁ」
手のひらを通り過ぎていく雨と視線が痛い。
そして彼女は、夜が明けない公園で延々と最後の日を待ち続ける。それしかできないのだから。彼女はそこに居続ける。