中編
どれだけそうやって見つめ合っていただろうか。
彼は一言も言葉を発せず、ただ困惑しているようだった。
長い
永遠に続くかのような長い沈黙。
いや、もちろんそれは錯覚に過ぎない。実際の時間にすれば1分足らずの短い時間だったに違いない。
ふいに、なんだか可笑しくなってきた。
何に?明確な答えはないけど、たぶん彼の慌てぶりが思った以上だったからかもしれない。
突然の誘惑に戸惑うことしかできない、彼はどこまでも真面目で真摯だ。
そう・・・
いっそ残酷なほどに。
くすっと笑みがこぼれて、その途端、本当に笑いたくなってきた。堪えきれずに笑い出すと、彼はますます戸惑った様子だった。それがまた可笑しくて笑いが止まらない。
「いやだ、冗談よ。そんなに怯えなくても取って食ったりしないから大丈夫・・・」
笑いながらそう言うと、彼は心底ほっとしたように深いため息をついた。まったくもう正直者ったらありゃしない。
「冗談キツすぎるよ。中川さんみたいな美人にこんなこと言われたら、男なんてバカだからすぐ本気にするぜ」
からかわれていたと思ったのか、彼が抗議めいた口調で言う。
「橘くんもおバカさんなの?」
彼の顔を見上げながらそう言うと、
「男ってみんなそんなもんだろ」
と、ちょっと怒ったように答えた。
「ふうん、わたしにはずいぶんお利口に見えるけど」
と返すと、彼は不思議そうな表情になった。意味がまるでわからない、といった顔だ。失礼かもしれないけど、見ていて飽きない。
ナチュラルってこういう人のことをいうんだろう、どこにでもいそうで、でも今まで出会ったことがなかった。
「やっぱりやめておくわ、用事を思い出したから。じゃあ、また明日ね」
そう言ってこの場を後にする。
あっけにとられたような表情の彼を見て、少し溜飲が下がった気がした。
エスカレーターで一階へ、そして出口へと向かいかけたとき、
「作戦失敗?」
後ろから涼やかなバリトンが聞こえた。
驚いて振り返る。そこにいたのはよく知った顔だった。
「藍崎くん・・・」
藍崎洋介、やはり同学年で同学部。
こちらは誰が見ても美男で、しかもそれを自分で十分に認識している。
常に女子に囲まれているが、決して特定の彼女を作らないのがポリシーらしい。
「女の子はみんな可愛いのに、誰か一人だけを特別な存在にするなんて、そんな不公平なことはできない」
というのが彼の持論だ。
それもひとつの考え方かもしれない、普通の男が言うと「何をバカなことを」と思ってしまうが、なんとなく納得してしまうのは、この並外れた容姿と洗練された身のこなしのなせる業だろう。
「何のことかしら?」
見られていた。
こういう聞き方をするということは、話も聞かれていたに違いない。
それでも、一応はとぼけてみせる。
藍崎くんは「くくっ」と喉の奥で笑った。そういう仕草のひとつひとつまでもが妙に決まっていて、つい目がいってしまうのが癇にさわる。
新キャラ、藍崎洋介くんです。
彼がどういうポジションの人かはこれからおいおい・・・。
真矢さんはイケメンですが、藍崎くんは美形です。
ええ、趣味ですが、何か。




