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 俺は夜の闇が好きだ。

 暗闇は俺を曖昧にしてくれる。

 悩みも、弱さも、全部溶かして吐き出せる。

 家の近所の河川敷、街灯の光が届かない暗い道と畑の境目がわからないほどの闇。


 目が慣れると、頭上に広がる星空がぼんやりと輝き始める。

 冷たい夜風が頰を刺し、耳元でヒュウと低い音を立てる。

 土と枯れ草の湿った匂いが鼻をくすぐり、足元の草が靴底にざらざらと擦れる感触が伝わる。

 まるで、俺の心の荒野を歩いているみたいだ。


 ギターケースを下ろすと、革の冷たい感触が指に残る。

 ケースを開け、アコースティックギターを取り出す。

 弦が月光を反射して薄く光り、指で軽く弾くと、低く掠れた音が闇に溶ける。

 俺は座り込み、弦を強く弾いた。


 カーン、という鋭い音が胸に響き、指先が痛むほど力を入れる。

 映画のシーンが頭に浮かぶ。

 あのスクリーンの中の登場人物たちは、簡単に人を信じ、愛し、傷つきながらも前に進む。

 俺にはないものだと突きつけられる。


 胸の奥がズキズキと疼き、喉が締まって息が苦しい。



「なんで俺だけ……」



 と、呟きが漏れる。



「っ、う……うう……うあぁ……っ!」



 乱暴な泣き声が漏れる。

 涙が頰を伝い、塩辛い味が唇に触れる。

 ギターの音が感情に連動し、激しく鳴っていた弦が、次第に繊細で途切れそうな音に変わる。

 弦が指に食い込み、血の匂いが微かに混じる。


 俺はただ、愛に飢えていた。

 愛して欲しい。

 褒めて欲しい。

 でもそんな欲求が、嫉妬と憎しみと混じって頭の中をぐちゃぐちゃに絡める。


 ギターを強く抱きしめ、弦を爪で引っ掻く。

 金属の冷たい感触と、震える指の熱さが混じり、闇の中で俺は一人、声をあげて震えた。

 まるで、闇が俺の叫びを飲み込んでくれるように。








 翌朝、学校の教室。

 朝の陽光が窓から差し込み、机の表面を白く照らす。

 俺の目は昨夜の涙で腫れ、瞼が重く熱い。

 鏡を見なくても、触れるだけで腫れた皮膚の熱さが伝わる。



「おい、幹也。目めっちゃ腫れてるやん。どうした?」



 明の声が近くで響く。

 いつもの爽やかなシャンプーの匂いが混じり、俺の鼻を抜ける。



「まぁ、昨日な……」



 俺は無理に笑顔を作り、頰の筋肉が引きつる感触を感じる。



「昨日って確かデートって言ってたような? まさか振られたか?」



 明がニヤニヤしながら肩を突く。

 肘の感触が少し痛い。



「違う。映画見て泣いてさ。号泣よ号泣」



「感動したんか?」



「感動したというより……悔しくて泣いた」



 俺の声が少し掠れる。

 喉の奥にまだ昨夜の塩辛さが残っている気がする。

 明の表情が真剣になる。



「なるほどねぇ。今日放課後、生徒会室に来い」



「は? 理由は?」



「理由も全てその時に話す。いいから来いよ」



 明が颯爽と去る。

 背中が風を切るような足音が廊下に響き、疾風が去ったかのような空気が残る。

 まるで、俺の心に風穴が開いたみたいだ。








 放課後、生徒会室。

 重厚な木製のドアを開けると、革張りの椅子の匂いと、コーヒーの香ばしい香りが鼻をくすぐる。

 部屋は私立高校らしく豪華で、高価そうな机と棚が並び、絨毯が足音を吸収する。



「いつ見ても、豪華すぎるな……」



 俺は呟き、明が淹れたコーヒーを受け取る。

 カップが熱く、手のひらをじんわり温める。

 一口飲むと、苦味が舌に広がり、喉を滑る温かさが体に染みる。

 明は会長席のような椅子に座り、俺を見据える。



「お前、まだあの時のことで人を信用してないだろ」



 俺の胸がズキンと痛む。

 コーヒーの苦味が急に重く感じる。



「上辺だけで人付き合いしてても辛いだろう。そんなんで人前で弾き語り出来ると思うか?」



「……確かになぁ」



 俺の声が情けなくぼやける。

 指がカップを握りしめ、熱さが掌に染みる。



「お前、赤松陽菜に対して失礼だと思わないか? 彼女はどんな熱量で取り組んでいて、お前にアドバイスもらいたいってお願いしているのか」



 陽菜の顔が浮かぶ。

 彼女の歌声が耳に蘇り、息遣いの温かさが思い出される。

 彼女は純粋に歌が好きで、上手いだけじゃ駄目だと感じて、俺にアドバイスを求めた。

 でも、なぜ俺なんだ?


 顧問や先生に聞けばいいのに……。

 置き手紙の



「惚れちゃいました♡」



 が頭に浮かび、胸が熱くなる。

 ああ、そうか。

 彼女は俺に好意を持っているからだ。

 明が俺の顔を見て、静かに言う。



「何かに気づいたようだなその顔は。お前はどうしたい?」



 俺の胸が熱く疼く。

 どうしたいのかは、決まっていた。

 陽菜に会いたい。

 話したい。


 自分の過去を全て明かしたい。

 蓋を弾き飛ばすような恋の感情が溢れ、手が震える。

 コーヒーカップがカチャンと小さく音を立てる。



「明、俺やること出来た」



 俺の声が少し震え、でも力強い。

 明が微笑む。



「それは良かった。なら俺は溜まってた仕事でも片付けることにしよう。また今度焼肉でも行こう」



 明がわざわざ生徒会室に連れてきて、2人きりで話すことにした理由がわかった。

 俺を励まそうとしてくれていたんだ。



「すまんな。時間使わせて、またお礼させて!!」



「あぁ、わかった」



 俺は立ち上がり、部屋を駆け出す。

 ドアの重い開閉音が背後に響き、廊下の冷たい空気が頰を撫でる。

 昨日とは違う気持ちで、足が軽い。

 胸の奥が温かく、昨夜の闇が少し遠く感じる。


 俺は陽菜に会いに行く。

 まるで、光に向かって走るみたいだ。


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