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 俺には仲間という言葉が分からない。

 信頼という言葉もだ。

 信じるってのは、自分の期待通りに行かなければ裏切りになるのだろうか?

 胸の奥が、いつも重く沈むような気がする。


 事情を聞いて欲しいのに、裏切られたという考えだけで俺は悪者扱いだった。

 仲間というのは助け合うものじゃないのか?

 どうして?

 なんで?


 俺がおかしいのか?

 と、嘆くしかなかった。

 喉の奥が苦く締まり、息を吸うたび、冷たい空気が肺を刺す。

 まるで、心の棘が抜けない痛みのように。


 信用という殻に俺は閉じこもっているのかもしれない。

 信頼関係など蜘蛛の糸のように細く、容易く切れるものだと思ってしまう。

 指先で触れただけで千切れそうな、冷たい糸の感触が今でも体に残っている。

 皮膚の下で、ざわざわと這うような不快感。


 風が吹くだけで、ぷつりと切れそうな脆さ。








 カキン、という乾いた金属音が響く。

 俺は今、バッティングセンターのケージの中に立っていた。

 バットのグリップが掌に食い込み、汗で少し滑る。

 ゴムのようなグリップの感触が、指にべっとりと張り付く。


 振るたびに腕にビリビリと振動が伝わり、肩が重く軋む。

 ボールがマシンから飛んでくるシュッという風切り音が耳に刺さるが、タイミングが合わず、空振りするたび、バットが空を切る音だけが虚しく響く。

 空気の抵抗がバットを震わせ、腕の筋肉が熱く痺れる。

 まるで、俺の人生の空振りを繰り返しているみたいだ。


 横では陽菜が立っている。

 彼女の息遣いが近くで聞こえ、汗の匂いが微かに混じる。

 少し塩辛く、でも甘いシャンプーの残り香が絡んだ匂い。

 彼女の存在が、ケージの狭い空間をさらに熱くする。



「なぁ、これ楽しい? 全然打てないけど」



 俺はバットを地面に立てかけ、息を吐く。

 額の汗が目に入り、しょっぱい味が唇に触れる。

 ケージの照明が眩しく、視界が少し白くかすむ。

 網目のフェンス越しに、外の風が微かに肌を撫でる。



「そうですね! とても! 楽しいですよ!!」



 陽菜はバットをまるで自分の身体のように扱い、楽しそうに振る。

 バットがボールに当たるカキーンという鋭い音が連続し、金属の反響が耳に心地いい。

 振動が空気を震わせ、俺の胸まで響いてくる。

 彼女の髪が汗で額に張り付き、頬が上気して赤く染まっている。


 息が少し上がっているのに、笑顔が輝いていて、俺の胸がざわつく。

 彼女の動き一つ一つが、軽やかで、でもどこか必死に見える。



「ふぅ、疲れたぁ」



 俺はもう限界で、ベンチの背にもたれかかる。

 金属のベンチが背中に冷たく、当たった部分がじんわりと冷える。

 空を見上げると、屋根の隙間から青い空が覗き、遠くでカラスの鳴き声が聞こえる。

 風が運ぶ、外の土埃の臭いが鼻をくすぐる。



「お疲れ様です。幹也先輩」



 陽菜が隣に座り、水筒を差し出す。

 水の冷たい感触が指に伝わり、飲むと喉を滑る冷たさが心地よい。

 プラスチックの水筒が、少し湿って掌に張り付く。



「絶対明日筋肉痛になるパターンだ。これは」



 腕を回すと、筋肉が引きつるような痛みが走る。

 冬だが汗が背中を伝い、シャツが肌にベタベタと張り付く不快感。

 息を吐くたび、白い息が空気に溶ける。



「で? この後どーする? 腹減りすぎてランチ行かない?」



 既に腹と背中がくっつきそうで、今すぐにでもがつきたい気分だった。

 お腹がグゥ~と鳴り、恥ずかしくて腹を押さえる。

 空腹の痛みが、胃の奥を鋭く締めつける。



「もう少し打ちたかったですけど、ランチ行きますか?」



「うん、ランチ行こ。まじでもう死ぬ」








 空腹感が限界だった俺は、近くのファミレスを見つけるとすぐ寄った。

 店内はエアコンの暖かい風が吹き、汗が急速に冷えて肌がぞわぞわする。

 席に着くと、メニューから漂う油とチーズの匂いが鼻を刺激し、胃が鳴る。

 店内のBGMが低く流れ、フォークとナイフの音があちこちでカチャカチャと響く。


 俺が頼んだのはベーコンピザとチキンとドリア。

 まさにジャンキーである。

 運ばれてきたピザの表面のチーズが溶け、熱々の湯気が立ち上り、ベーコンのスモーキーな香りが広がる。

 皿の熱がテーブルを通じて指先に伝わる。



「そんなに食べれるんですか?」



 陽菜が目を丸くする。

 彼女の注文はカロリー控えめなサラダとシーフードパスタ。

 パスタの海老がピンクに輝き、ガーリックの香ばしい匂いが漂う。

 サラダの葉が新鮮に輝き、ドレッシングの酸っぱい香りが混じる。



「動いたあとだから大丈夫よ」



 俺はこれでもかと狼のように右手、左手に食べ物を持って口に運び入れる。

 ピザのチーズが熱く伸び、口の中でとろりと溶け、塩気とベーコンの脂が舌を刺激する。

 熱さが喉を焼き、満足感が体全体に広がる。

 チキンは衣がカリッとしていて、噛むと肉汁がじゅわっと広がる。


 ドリアの表面のチーズがこんがり焼け、フォークを入れると熱いクリームが溢れ、クリーミーな味わいが喉を滑る。

 口の中が油っぽく満たされ、息が少し熱くなる。



「にしてもすごい勢いですね」



 陽菜がふふっと微笑む。

 彼女はフォークとスプーンを上手に使い、パスタを巻き取る。

 海老のプリプリした食感と、トマトソースの酸味が口に広がっているのだろう。

 彼女の唇が少し輝き、ソースの赤が残る。


 綺麗な所作で食べ、唇に少しソースがついて、彼女がお手拭きで違和感なく拭く仕草に俺は見とれる。

 指先の動きが優雅で、紙の擦れる音が小さく聞こえる。



「へ? あ、ありがとうございます。親が食事のマナーに厳しいので」



「なるほどなぁ、親に感謝しないとね」



 上品な振る舞いが多く見える彼女。

 でも年相応の話し方や笑顔は親しみやすい。

 彼女の瞳がキラキラと輝き、俺の視線を捉える瞬間、胸が少し熱くなる。



「飯の後どうしようか? 行きたいところとかある?」



「食べたら映画館行きませんか? 近くにあるみたいなので」



「映画館か。なに見る?」



「これです。最近流行りらしくて見に行きたかったんですよね」



 彼女がスマホを見せてくる。

 画面に映るのは最近話題のアニメ映画。

 ポスターの色が鮮やかで、恋愛!青春!仲間!という文字が躍る。

 画面の光が彼女の顔を照らし、瞳をさらに輝かせる。


 信頼という言葉がテーマのようで、俺の胸が少し重くなる。

 所詮フィクションだと思うのに、心のどこかがざわつく。

 蜘蛛の糸のような脆さが、喉の奥に甦る。



「了解。食べて少しゆっくりしてから行こ」



「そうですね。あ、このトマト美味しい」



 彼女がサラダのトマトをフォークで刺し、口に運ぶ。

 トマトの赤い果肉が弾け、甘酸っぱい汁が唇に残る。

 彼女の唇が少し濡れ、笑顔が広がる。



「トマトよく食べられるな。俺苦手……」



「え? 美味しいじゃないですか!? まだまだ子供ですね? 幹也先輩」



 小馬鹿にしたような笑顔に、少し腹が立った。

 彼女の目がキラキラ輝き、頬が少し膨らむ。

 俺はピザを一口かじり、チーズの伸びる感触と塩気を味わいながら、苦笑いするしかなかった。

 彼女の笑い声が、店内に軽く響き、俺の胸を優しく揺らす。


 まるで、この瞬間が、俺の心の殻を少しずつ剥がしていくみたいだ。


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