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十三

 学校の空気は、秋の終わりを予感させる重たさで満ちていた。


 文化祭直前の教室は、紙の擦れる音、テープの引き剥がされる鋭い響き、誰かの笑い声が混じり合い、ざわついた熱気に包まれている。


 主人公の幹也は、ギターの弦を指で軽く弾きながら、窓辺に座っていた。


 弦の振動が指先に微かな震えを伝え、金属の冷たい感触が掌に残る。


 陽菜は隣でノートを広げ、歌詞をペンでなぞっている。彼女の指先がページを優しく撫で、時折ため息のような息が漏れる。


 インクの匂いが薄く漂い、彼女の息づかいが近くで聞こえる。


 陽菜がふと顔を上げ、軽く笑った。頰に淡い赤みが差す。


「幹也くんの過去って、私みたいに中学で引きこもってた時期あったりして?」


 その言葉は、甘いキャラメルのような柔らかさで部屋に溶け込むが、幹也の耳には微かな棘のように刺さった。


 彼女の声はいつも明るいが、今日はどこか遠くを眺めるような響きがあり、心の奥で何かがざわつく予感を呼ぶ。まるで、陽菜の瞳に映る窓の外の曇り空が、彼女の内面を表しているようだ。


 会話が自然に回想へと移り、心の中で陽菜の声が反響する。


 俺たちの絆を振り返ってみる……これが俺たちの光になるはずだから。






 空気中に漂う紙の埃のにおいが、懐かしい記憶を呼び起こすかのようだ。埃の粒子が光に浮かび、過去の断片を運んでくる。


 俺の過去は、冷たい雨の日のように始まる。


 中学時代の教室は、蛍光灯の白い光が無情に照らし、床の木目の冷たさが足元から這い上がってくる。雨音が窓を叩く音が、記憶の中で響く。


 昔のトラウマで、親友との絶交が頭をよぎり、胸に鈍い痛みが蘇る。あの日の別れの言葉が、耳元で繰り返される。


 家庭の空気はいつも張り詰め、夕食の食器の音が耳に残るほどの静けさ。フォークの金属音が、家族の沈黙を強調する。


 教室の後ろで、仲間たちが囁く声が聞こえる。息を潜めたような低いトーンが、心を抉る。


「人は信じてくれない。なら最初から上辺だけで生きていけば、辛くない」


 汗の塩辛い味が口に広がり、拳を握る手のひらの熱さが、怒りを抑え込む。掌に爪が食い込み、微かな痛みが現実を思い起こさせる。


 以来、仮面を被り、孤立を選んだが、心の底では誰かを求める渇きが、静かに疼き続ける。夜毎の孤独が、喉の渇きのように募る。


 高校で陽菜に出会い、変わり始める。


 さらに、明との出会いが俺の変化を後押しした。あれは高校1年生の頃、校舎の屋上でギターを弾いていた時だ。


 風が髪を乱し、弦の音が空に溶け込む中、クールな表情の明が現れた。「意外と熱いヤツだな」と一言。


 最初は警戒したが、明の言葉に隠れた本気の興味を感じ、徐々に話すようになった。当時は明が生徒会を目指し始めた頃で、まだ正式には入っていなかった。


 ただのクラスメートとして、屋上で何度か顔を合わせ、互いの音楽の趣味や日常の不満を共有するうちに、自然と仲良くなった。


 その後、明が生徒会選挙に出馬することになり、俺は彼の応援演説を手伝うことになった。


 当時の俺はみんなの前でパフォーマンスをするのは無理だったが、歌詞を書くことを得意としていたので、明のクールな言葉を基に、みんなの心を惹きつけるような演説を書いた。


 校庭のステージで、マイクのフィードバック音が響く中、その演説が届けられ、聴衆の反応が熱気を生んだ。


 あの時の言葉の響きが、互いの信頼を深め、友人として本当の絆が生まれた。明の視線が、俺の孤立を少しずつ溶かした。


 文化祭準備中の現在に意識を戻した俺は、「文化祭、成功させるぞ」と自分にも言い聞かせるように決意する。喉が少し震えた。


 声は低くなり、部屋の空気を切り裂くようだった。






 中学時代の部屋は、カーテンが閉め切られ、薄暗い光だけが差し込む。引きこもっていた頃の陽菜にとって、外の世界は遠く、桜の香りさえ届かなかった。


 鏡に映る自分の影が、嘲るように揺らいだ。鏡面の冷たい触感が、指先に残った。


 学校に行けなかった日々、友達の声が遠ざかり、孤立が心を凍らせた。


 そんな中、幹也のギターの音が、閉ざされた扉を叩いた。たまたま流れてきたSNSの動画で聞こえたその音が、陽菜の心を少しずつ揺らし、引きこもりの殻を溶かし始めた。


 高校入学時、中学の影響がまだ残り、教室では最初、一人で座る椅子が硬く、背中に冷たい感触を伝えた。木のざらつきが、肌に食い込んだ。


 みんなの噂声が耳に届いた。教室のざわめきの中で、ひそひそ声が際立った。


「近寄りがたいよ、あの子」


 昼休み、一人で弁当を食べる。弁当箱の蓋を開ける音が、周囲の笑い声に飲み込まれた。


 ご飯の温かさが指先に残るが、心は冷え切っていた。湯気が立ち上がるが、視界をぼやかす涙のように感じた。


 そんな中、彼女との出会いが陽菜の孤独を変えた。高校入学直後、陽菜は教室で一人ぼっちの真奈ちゃんを見つけた。


 昼休みのチャイムが鳴り響く中、彼女は窓際の席でポツンと座り、弁当箱を膝の上に置いていた。ギャル風の派手な髪色とメイクが、クラスメートたちを遠ざけているのだと一目でわかった。


 周囲の生徒たちはグループを作って楽しげに話しているのに、真奈の周りだけがぽっかりと空いていて、彼女の肩が少し落ちている様子に、なんだか自分の過去を思い起こさせた。


 引きこもりだった頃の自分と同じように、彼女も孤独を抱えている気がした。


 私は心臓がドキドキするのを感じながら、勇気を振り絞って近づいた。足音が教室の床に響き、彼女の視線が少し上がるのを待って、声を掛けた。


「真奈ちゃんだよね?一緒にお昼食べない?」


 その言葉を口にした瞬間、私の声が少し震えたけど、彼女の表情がぱっと明るくなった。目が輝き、口元に小さな笑みが広がるのを見て、胸が温かくなった。


 すぐに彼女はうなずき、弁当箱を机に置いて私を隣に招いた。私たちはお互いの弁当を交換しながら、最初はぎこちなく、でも次第に自然に話が弾んだ。


 彼女のギャル風の見た目とは裏腹に、優しい声と意外な趣味の話が飛び出し、私の引きこもりだった過去を自然に共有できた。あの時の真奈の笑顔が、私の心を温かく包み、互いに支え合う絆が生まれた。


 それ以来、私たちは毎日一緒に過ごすようになり、孤独な高校生活が少しずつ色づき始めた。






 俺との出会いは、裏庭での事。幹也のギターの音が空にまで響き、陽菜はその光景に惹かれていた。


 今では、陽菜が歌を歌い、俺がギターを弾き、互いに手を差し伸べる。彼女の声の振動が、空気を震わせる。


 その手の柔らかさが、互いの孤独を溶かす。温もりが、指先から心まで染み渡る。


 互いに過去を共有し、支え合うが、陽菜の心には、いつか失う予感が薄く影を落とす。共有した言葉の余韻が、切なさを増す。


 文化祭準備中の今、真奈は「私もみんなに何かあったら手伝いたい!頑張ろうね!」と明るく絡む。彼女の笑顔が、部屋を照らす。


 化粧品の甘い香りが漂い、心の中が温まるようだった。






 河川敷に二人が集まる。


 風が葉を揺らす音、コーヒーの苦い香り、座るベンチの木のざらざらした感触。河の水音が、静かに寄り添う。


 俺が「過去の失敗は黒歴史だな」と言うが、陽菜が「でもその過去が今を強くしてるはずだよ!」と明るく返す。彼女の声に、力強い響きが加わる。


 陽菜が「私達、幸せ者だよね。だから期待に応えたいよね!幹也くん!」と励ます。手を握る感触が、励ましを強調するかのようだ。


 陽菜のおかげで、信じられる世界が見えてきた。


 この絆が、私の光。昔の孤独を忘れさせてくれる。グループが準備を終え、夜空を見上げる。


 一等星達の光が冷たく輝き、星の遠い輝きが目に刺さる。星の点滅が、心の鼓動と同期する。


 風の冷たさが肌を撫で、決意の言葉が口に上る。


「この絆が、必ず文化祭を最高にする力になる」


 しかし、心の奥底で、陽菜の影が微かに揺らぐ。影の輪郭が、未来の喪失を予見させる。


 夜のように忍び寄る闇の冷気が、背筋を這う。

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