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それから数日が経過した。
アンドラス王子を操り人形にして利用し、こき使ってやった甲斐もあり、マリアは王子側の陣営に入るようになっていじめをやめた。
そしていじめられていたテレーズも少しずつ元気を取り戻しており、また仲良く遊びに行く関係に戻ることができた。
(昨日は楽しかったなあ……)
久しぶりに街で一緒に買い物を楽しみ、アンドラスが喜んでくれそうなお土産を購入して帰宅したときには、すっかりへとへとになっていた。
……それが今朝の失態の理由だろう。
「……あれ……なんか、空……いつもより明るくない?」
私は外を見た後に日時計の時刻を見ると、すでに遅刻ギリギリの時間だった。
急いで着替えて部屋の掃除をして、王子のための朝ごはんを作ってあげなきゃ! そう思いながらベッドから跳ね起きた。
「やばいやばい……って、あれ?」
だが、枕元には私の普段着が綺麗に糊付けされて畳まれていた。
さらに部屋の掃除は隅々まで行き届いており、また机の上には切られた黒パンとスープが用意されている。
……アンドラス王子がやってくれたのだろう。
(凄い……これ……私が捨てようと思っていた野菜くずで作っている……)
よく同棲相手に料理を作らせると「明日のお弁当の分の食材を勝手に使われた」という問題が起きる。だが、机の上にあるスープの食材は昨夜私が捨てる予定だったブロッコリーの芯やキャベツの外皮を使い、パンも古い順に消費している。
「やあ……はあ!」
そして外からは、アンドラス王子が木の棒を持って素振りをしている姿が見えた。
……これだけの家事をやってくれたうえで、更に自己研鑽まで怠らないのか、王子は。
私は申し訳なく思いながらも、外にいる王子に声をかけた。
「おはようございます、王子」
「ああ、おはよう。よく眠れたかな、ミーナ?」
「ええ……けど、その……」
私は思わずお礼を言おうとすると、王子は急に申し訳なさそうな表情をしてきた。
「その……見よう見まねで、家事をやっておいたのだが……。何か、至らないところがああったかな?」
……なるほど、彼が王宮でどんな扱いを受けていたのか、察することは出来る。
王族である彼がここまで家事スキルが高いこと自体、そもそもおかしいのだから。
「い、いえ……それより、そろそろ訓練は終わりにしませんか? 一緒に朝食を食べましょう」
「ああ、そうだな」
朝食は二人分用意されており、王子はまだ自分の分に手を付けていない。
これもまた、オルニアス第二王子よりも先に朝食を食べることを許されなかったためだろう。正直、寝坊した私なんて放っておいて先に食べてもいいのに。
……だが、私はエゴを貫く悪女なので、王子にその許可を出す気はない。
だって私は、王子と一緒に食事をする時間が何よりの楽しみなのだから。
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時計を見ると、あまり時間に余裕はないが、それでも朝食を一緒に食べる時間はある。
王子は私が食事をする姿を注意深く見つめながら尋ねてくる。
「どうかな……口に合うといいのだが」
「ええ、とてもおいしいですよ?」
無論、それ自体に嘘はない。
均等に切られた野菜や丁寧な味付けのスープは正直私よりもうまい。
だが、あえて言えば味付けがやや濃い。恐らく王子は、兵士に向けた食事を作ることを強いられていたのだろうことが伺えた。
「それならよかった……少しはあなたの役に立てたようだな」
何が「少し」だ、ふざけるな。
あなたの存在がどれほど私にとって救いになっているかくらい、理解してほしいものだ。
(……けど、あの嫌われないように媚びるような表情……イライラするな……)
正直、王子が私のために気を遣ってくれるのはありがたい。
だが、気弱な彼が見せるあの表情を見ていると、私は昔を思い出して腹が立ってきた。
無論、普通なら相手を気遣って言わないだろう。だが、私には催眠アプリがある。
(どうせ、今の王子は操り人形なんだから……本音を言ってもいいよね……)
そう思った私は、催眠アプリを取り出して王子に命令する。
『王子……ちょっと、私の過去を聞いてください』
「ああ」
よし、催眠がかかった。
私の母が殺し屋だったことが知られるのはどうでもいい。だが、それを聞いて王子が不安にさせるのだけは嫌だから、こうでもしないと話をしたくなかった。
「実は私の母は、殺し屋でした……。名前は『黒煙の死神』といえば、ご存じでしょうか?」
「そうだったのか? ……なるほど、私も名前は知っている。狙撃の名手で、多くの要人を手にかけたと聞いているが……」
催眠で操っているはずだが、自我は残っているのだろう。
元々聞き上手な王子に、私は何でも話せる気がした。
「そうです。……あの女は、任務に失敗した時に父に出会い……『君の全てを受け入れるよ』という甘い言葉に乗って、殺し屋を辞め、私を産みました……ハハハ、まるで三文芝居のような話ですよね?」
「……いや、続けてくれ」
自嘲気味に呟く私のことを笑わずに王子は話を聞いてくれる。
……まあ、大抵の物語では元殺し屋の女(ただし20代前半までの美女に限る)と、心優しい男(無論、地味で冴えず友達もいない)がする恋愛譚など、結婚『まで』しか描かれないだろう。
問題は『結婚してから』もっといえば、娘を産んでからなのに。
私はそう思いながら、紅茶を含んだ後、続けた。




