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そしてお昼休みになった。
「なあ、ランド? 一緒に飯食おうぜ? で、そのあと※サッカーしようぜ?」
「俺、今日はぜってーシュート決めるからさ! 早く行こうぜ、ランド?」
「ああ、いいな。だが、少し待ってくれ」
(※この世界には、転移者が持ち込んだであろうスポーツの概念が根付いている)
そういいながら王子は友人たちとランチに誘われていた。
……私は、彼を横目でみながらクラスの片隅で食事を取る。
(本当は、私も王子と一緒に食べたいんだけどな……)
だが、私は催眠アプリの力で王子に『私にはむやみに構わないように』と命令していた。
今ここで下手に王子と仲良くしている姿を見せつければ、今度は私がいじめのターゲットになりかねないからだ。
学内のいじめをなくし、あのサロメを排除するまでは私は黒幕として潜伏し、王子一人を矢面に立たせるつもりだ。
……そう思う私は本当に性悪だなと自嘲しつつも、私はその様子を羨ましく想いながら見つめていた。
(さて、そろそろ出番が来るな、王子は……)
「…………」
私はそう思っていると、クラスメイトの一人「テレーズ」が教室に戻ってきた。
……よし、頼む、アンドラス王子。
「あれ、テレーズさん?」
「どうしたんだよ、大丈夫か?」
「……うん……」
……手に持っているのは、どうやらトイレで食べようとしていたであろう彼女の昼食だ。どうも汚水に付けられて食べられたものじゃない。
私が体育に言っている間に、誰かがやったものなのだろう。
(っち……)
彼女、テレーズは現在のいじめの「ターゲット」だ。
いじめのストレスでかなり肌が荒れ、そしてやけ食いの繰り返しか体型も随分丸くなってしまっている。そして何より表情が酷く暗い。
「あら、テレーズさん? 酷いことされてるわね。……誰がやったのかしら……」
サロメはそう心配する素振りを見せながらも、どこか底意地の悪そうな笑みを浮かべているのは分かった。……否、彼女は『悪意があると分かるように』わざと口角を釣り上げた笑みを浮かべている。
「本当。私たちが体育に言っている間に、やったのでしょうか……?」
「テレーズ、今日はご飯抜きなんて可哀そうね……」
マリアを除く取り巻きたちも心配するふりを死ながらニヤニヤと笑う。
体育の時間にはあの3人にアリバイがあるから、恐らく実行犯ではないのだろう。
……だからこそ恐らく、犯人を探す意味はない。
どうせ犯人は、殺し屋だった母と同様自分のことを『他人に頼まれてやらされた被害者』だって思ってるのだから。
とはいえ、この程度は想定内だ。
(王子。計画は少し違いますが、お願いします)
そう思いながらも、私はアンドラス王子に目くばせした。
彼は、落ち込んだ表情のテレーズに声をかけた。
「なあ、テレーズさん?」
「……なに、ランドさん?」
「実はさ。今朝昼食を作りすぎてしまってな。……よかったら少し食べてくれないか?」
「え?」
……まあ、それは嘘だ。
実際にはあれは私が早起きして、わざと多めに作ったものだ。王子も手伝いたがっていたが、疲れている様子だったので催眠アプリを使って無理やり休んでもらった。
(アンドラス王子は……。いつも、自分より他人のことばかり気にするのが気に入らないんだよなあ……)
下手に同情するような言い方だと、却ってテレーズが惨めになる。
そのため、王子は『頼みごとをする』体で、申し訳なさそうに大量のサンドイッチを見せた。
「けど、悪いよ……。ランドさんにお昼分けてもらうのは……」
テレーズは私の幼馴染だが、昔からやたらと遠慮するところがある。
だからこそ、きちんと理由付けが必要だ。そう思った私は、王子に目くばせする。
「そうか? ……それなら、代わりに頼みがあるんだ」
「頼み?」
「実は、これから皆とサッカーをするつもりなんだが……。メンバーが足りないから一緒に入ってくれないか?」
「え? けど……私運動音痴だし……」
「なら、審判や得点係でもいい。人数が多いほうが楽しいからね」
そういいながら、にっこりと笑うアンドラス王子。
皆は彼の身分を知らないが、彼のその笑顔は人をひきつけるものがある。
案の定、彼の笑顔を見て、テレーズは顔を少し赤らめながらも躊躇する表情を見せた。
「どうかな? みんなも、それでいいだろ?」
「そりゃそうだ! 遊ぼうよ、テレーズ?」
「つーか、早く食べよ? ほら、こっち座って!」
周りも王子の真意をくみ取ったのだろう、そういいながら、女生徒の一人が彼女を輪の中に引っ張りこんだ。
テレーズの表情が少しだけ明るくなったのを見て、私は心の中で笑みを浮かべた。……やはり、計画通りに物事が運ぶのは気分がいい。
「そ、それなら……。一緒に、食べてもいい?」
「勿論だ」
そしてテレーズは、嬉しそうに座り、昼食を食べ始めた。
(フフ、王子。操り人形、ご苦労様です……)
その様子を遠巻きに見つめながらも、私はサロメと取り巻き達を横目で見た。
「……フン……」
「まあ、私たちは図書室で読書でもしましょう、テレーズ様?」
「そうですよ! 運動なんて野蛮なこと、私たちにはしないようにしましょう?」
案の定、彼女が楽しそうにする姿を見て、サロメは不快そうな表情を見せていた。
「…………」
ただ一人、マリアを除いては。
彼女は少し悩んだ後、意を決したように立ち上がってアンドラス王子に歩み寄る。
「あ、あの、ランドさん!」
「なんだい?」
「わ、私も一緒に『そっち』に行って、いいですか?」
「ま、マリア? 急にどうしたの?」
その様子に、サロメは少し驚いたような表情を見せた。
『そっち』とは、単にお弁当を食べるチームに入るという意味ではないことは明らかだからだ。
だが、マリアは目を閉じながら必死で呟く。
「わ、私も……。やっぱり、サッカーとかやって、みたいと思いますし……!」
本心は、単に『皆とサッカーがしたい』ということではないことは、誰がみても明らかだった。……だが、王子はあえてそれを言わずに頷いた。
「ああ、勿論いいよ。ルールも教えてあげるから」
「あ、ありがとうございます!」
(よし……! これで、取り巻きの一角は潰したな……)
これで、私の夢の第一歩は叶いそうだ。
そう思いながら、私は自分のお弁当を口にしながらニヤリと笑う。
ーーーーーーーーーーーーー
それから少しののち。
恐らくはサッカーで疲れたのだろう、少し汗ばんだ様子でテレーズは帰ってきた。
その表情は、いつもとは違う明るいものだったのだが。
私はそれを見て、尋ねてみる。
「楽しそうだね、テレーズ?」
「うん! ……あんな風に体を動かすのは久しぶりだったから!}
ああ、いい表情だ。
まるで昔のテレーズに戻ったみたいに。
(よしよし……。流石ですね、アンドラス王子は……)
私は彼女のスカートの裾を見て尋ねる。
「けど、ちょっと服が汚れちゃってるよね」
「うん……スカートでやるのはちょっと無理みたいね、このスポーツ?」
「だよね……。ならさ。良かったら今度、動きやすいズボンとか買いに行かない?」
「え? ……うーん……」
そういって、少し躊躇する表情を見せたが、すぐに笑顔で頷いた。
「そうだね、久しぶりに遊ぼっか!」
「うん!」
今の学校に通ってから、私はテレーズとはどこか疎遠になってしまった。
……まあ、サロメが色々と学内をかき乱したことも原因ではあるのだが。
私はまたテレーズと友達として、前のように一緒に遊ぶ関係になりたかった。
そのために王子を操り人形にして『利用』してやったのだ。
そう思いながら、私は少し涙ぐんだ。
「どうしたの、ミーナ?」
「……ううん……ちょっと嬉しくって……なんか久しぶりだね、テレーズと何かするの?」
「そ、そうだね……。けどさ。これからはまた、前みたいに遊ばない?」
「勿論! ……一緒に行きたいとこ、いっぱいあるからさ。そうしようっか?」
私はアンドラス王子のほうをチラリと見た。
彼はにっこりと笑う姿をみて、私は少し胸がチクリと痛んだ。
(あの笑顔も……催眠アプリで操っているから、向けてくれるものなんだよね……)
だが私は、あの哀れな操り人形として利用されるアンドラス王子に対する良心の呵責などはない。
私は殺し屋の母を持つ、性悪女なのだから。




